祭り・イベント・遊びのタグまとめ

祭り・イベント・遊び」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには祭り・イベント・遊びに関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「祭り・イベント・遊び」タグの記事(35)

  1. 邪馬台国論争 拝聴 - ひもろぎ逍遥

    邪馬台国論争 拝聴

    邪馬台国論争 拝聴今日は飯塚コスモスコモンで「古代の鉄」のフォーラムがあったので、拝聴してきました。鍛冶施設が全国規模で展開する話など普段は聞けない内容がありました。中国北部から朝鮮半島にかけて古い形態の鉄生産があり、漢などに先進の鉄が出てきても、その技術は渡らないようにしていたそうです。古い形態のエリアが、ちょうど一目国~高句麗壁画の分布と重なります。賀茂氏が全国に展開するのも似ていますね...

  2. 佐賀県小城鍋島家Tenカフェにて歴史講座があります - ひもろぎ逍遥

    佐賀県小城鍋島家Tenカフェにて歴史講座があります

    小城鍋島家Tenカフェにて歴史講座です 来月、3月4日(日)、佐賀県小城市のNPO法人「つなぎレンガ座」主宰の歴史講座で講師を務めることになりました。会場は同市にある武家屋敷のカフェ「小城鍋島家Ten」です。佐賀県は古代文化が栄え、考古学的出土物も多く、その歴史が『風土記』にも書かれているような古代史の宝庫の地です。思えば、当ブログでも、景行天皇や日本武尊(親子)、物部氏、ヒメコソ神...

  3. 歴史カフェありがとうございました - ひもろぎ逍遥

    歴史カフェありがとうございました

    今日の歴史カフェ、無事に終了しました。ご参加の皆さん、ありがとうございました。県内、県外そして東京から、とありがたいことです。今回は自分的にも発見が多く、いろいろと謎が解けた回でした。皆さん同士でも活発に情報が交換されていて、興味深く思いました。これまでは物部氏に注目していましたが、賀茂氏の存在は確かに、日本の古代社会で文化的な基盤を作った功労者という側面があることを知りました。案外身近な神...

  4. 歴史カフェ17回 賀茂氏の目次が出来ました - ひもろぎ逍遥

    歴史カフェ17回 賀茂氏の目次が出来ました

    歴史カフェ17回「賀茂氏」の目次ができました歴史カフェ211ですが、何度か構成しなおして、ようやく目次が完成しました。賀茂氏には三柱の特徴的な神々がいるのが分かり、その神々の理解をしていくことにしました。以下、その目次です。第1章賀茂氏の神々アジスキタカヒコネ(賀茂大御神)タケツヌミ(賀茂大神)(八咫烏)アメノマヒトツ(一目神)第2章北部九州での賀茂氏の展開大己貴と二女神の通婚から始まった1...

  5. 八咫烏5 結社 - ひもろぎ逍遥

    八咫烏5 結社

    八咫烏5 結社「八咫烏」という結社があるそうです。多分、「八咫烏」というタイトルを見て、そちらを連想した人の方が多いのではないでしょうか。るな的には、結社については全く知識がありません。ただ、今回の賀茂氏のテーマの延長上にそれが出てきます。歴史カフェでは触れる時間がないので、ウィキペディアで予習しておきましょう。◆ウィキペディアより 一部抜粋八咫烏とは古代氏族の賀茂氏の一部が日本における神道...

  6. 八咫烏4 賀茂神社 うきは - ひもろぎ逍遥

    八咫烏4 賀茂神社 うきは

    八咫烏4 賀茂神社 うきは 古事記や日本書紀に描かれた八咫烏は、神武天皇の道案内をする烏として描かれていました。高木神か天照大神が遣わしています。一般的に、道案内として小動物や鳥、蝶などが登場する物語があるので、読んだ人は烏が神武天皇の前を飛ぶ様子しか想像できませんね。「八咫」という大きさは様々に言われますが、真鍋の言う「八咫」のサイズは「十三歳の少女が両手の親指と親指、小指と小指を合わせ...

  7. 八咫烏3 日本書紀 - ひもろぎ逍遥

    八咫烏3 日本書紀

    八咫烏3 日本書紀昨日は『古事記』でしたので、今日は『日本書紀』の八咫烏を調べていきましょう。やはり訳しますが、あらすじとなります。神武天皇は神(かむ)日本磐余彦(やまといわれびこの)天皇、海童は「わたつみ」すなわち豊玉彦舟師は「みふねいくさ」、一柱騰宮は「あしひとつあがりのみや」莬沙津彦は「うさつひこ」天種子命は「あまつたねのみこと」丹敷戸畔は「にしきとべ」武甕雷神は「たけみかづち」韴霊は...

  8. 八咫烏1  - ひもろぎ逍遥

    八咫烏1 

    さて、今日から2月11日の歴史カフェの予習復習です。昨年は賀茂氏について、八咫烏 -賀茂氏と鉄の民―というタイトルで、「古事記や日本書紀に書かれた八咫烏」と「高句麗壁画に書かれた三足烏」について、真鍋大覚の資料を元に、その関係を紐解きました。高句麗壁画は6世紀のものなので、当然ながら日本の神武天皇の方が古くなる訳です。何もかもが朝鮮半島から来たとする説を採ると、時系列が合いません。高句麗壁画...

  9. 曇っとった - ひもろぎ逍遥

    曇っとった

    全国の皆さん、月食は見えましたか?福岡は曇りでした。(「曇っとった」は方言?意味分かりますか?)月が出たころは雲を通して光が見えていましたが、欠けていくにつれ、暗くなって、最後は真っ暗。そんな月食でした。で、北海道のライブを見て過ごしました。飼ってない猫に膝を占領されつつ(=^・^=)ところで、話は全く変わりますが、バスハイクで神功皇后のコースを順に回っていますが、みやま市の次は佐賀(武雄)...

  10. 朝倉の回り方2 - ひもろぎ逍遥

    朝倉の回り方2

    朝倉の回り方2時間が許すなら、粟島神社からそのまま寺内ダムに向かいましょう。そのゲートのちょっと手前に矢埜竹神社があります。今回は、秋月から寺内ダムの羽白熊鷲の墓を経て二つの美奈宜神社を巡るコースです。そして、少しずつ斉明天皇と中大兄皇子の足跡が重なってきます。今回氾濫した桂川は斉明天皇たちの舞台でもあるのです。◆秋月野鳥を拠点としていた羽白熊鷲は神功皇后軍に攻め込まれて、寺内ダム方面に逃走...

  11. 朝倉の回り方1  - ひもろぎ逍遥

    朝倉の回り方1 

    朝倉の回り方1 何度でも行きたくなる秋月。そこに羽白熊鷲と神功皇后の戦いがあったとは、想像もしませんでした。今日は、バスハイクで回った朝倉のコースの紹介です。神功皇后が辿った道を車やバイクで回れます。いい写真も撮れます。朝倉でランチやカフェを楽しむだけで応援になります♪<秋月編>祭神仲哀天皇の崩御後、神功皇后は羽白熊鷲攻めに取り掛かります。古処山の麓の秋月野鳥(のとり)を拠点としていた羽白熊...

  12. 深き山里より下りて 美奈宜神社(寺内) - ひもろぎ逍遥

    深き山里より下りて 美奈宜神社(寺内)

    深き山里より下りて  美奈宜神社(寺内)神功皇后が天神地祇を祀って祈った喰那尾神社から数度の遷宮を経て現在地に鎮座した美奈宜神社。その古社の風情は格別だ。それでも秋月種実の頃に鎮座したというので、意外と新しい。朝倉に来てからはバスハイクの皆さんの滞在がずいぶん長くなった。それぞれに心の中で対話しているのだろう。苔むした境内の建造物たち。立体的な境内の地形。ずらりと並ぶ祠に知った社号を見つける...

  13. 神功皇后の刀剣の銘を残す太刀八幡宮・朝倉 - ひもろぎ逍遥

    神功皇后の刀剣の銘を残す太刀八幡宮・朝倉

    神功皇后の刀剣の銘を残す太刀八幡宮 朝倉 神功皇后軍は羽白熊鷲討伐後、寺内ダムからの佐田川(荷原川)を下っていきます。その足跡通りにバスを進めると、田園に出ました。その中に杜があって、遠方からも太刀八幡宮と分かります。地名は朝倉市大庭(おおば)ですが、かつての小字には乙王丸(おとうまる)という名がついていました。この「乙王丸」こそが神功皇后が奉納した太刀の銘だったといいます。今も刀を埋めた場...

  14. 武内宿禰VS羽白熊鷲 朝倉の戦い - ひもろぎ逍遥

    武内宿禰VS羽白熊鷲 朝倉の戦い

    武内宿禰VS羽白熊鷲 朝倉の戦い朝倉は神功皇后軍の陣営地が神社となってかなり残されていたので、二回に分けてのバスハイクでした。秋月八幡宮は羽白熊鷲の聖地と思われましたが、そこに皇后軍が陣営を張ったということは、すでに羽白軍は逃走した後。その後をバスで追っていくのが理想でしたが、日を改めて、二回目は水の文化村を目指しました。 そして、玄関前を通過して矢埜竹神社へ。そこは羽白熊鷲たちに娘たちをさ...

  15. 何故か「こだま」たちが(^^♪  羽白熊鷲塚 - ひもろぎ逍遥

    何故か「こだま」たちが(^^♪  羽白熊鷲塚

    何故か「こだま」たちが(^^♪羽白熊鷲塚朝倉バスハイクⅡで羽白熊鷲塚を見学に。すると、何故にか「こだま」たちに遭遇。ほよ。ほよよ。いいね。羽白熊鷲塚。水の文化村の職員駐車場付近で熊鷲は倒されたという。羽白熊鷲塚 熊鷲は矢で射られた『神功皇后伝承を歩く』上巻50いつもポチっと応援ありがとう。にほんブログ村

  16. ラジオの日でした - ひもろぎ逍遥

    ラジオの日でした

    先ほど、8時からのラジオを聴きました。サイドバーからRKBに入ってラジコをポチって聞いています。香椎宮の本殿から古宮のサニワ斎場までの放送でしたね。私がとても好きな所です。案内したのをこのように放送していただいてすごく嬉しく思いました。誰もが自由に参拝できる天皇の旧跡なのです。本当にありがたいですね。来週も続きがあるように言われていましたね。古宮の後は、武内宿禰屋敷横の不老水に行き、栄西の寺...

  17. ご来福しよう 「福岡古代コラム」 UPされました - ひもろぎ逍遥

    ご来福しよう 「福岡古代コラム」 UPされました

    ご来福しよう 「福岡古代コラム」 UPされました 福岡県の古代史を含む観光スポットを案内するホームページ「ご来福」しように「福岡古代コラム」欄がありますが、私が書いたコラムがUPされました^^01~05です。5本あります。画像も私が撮ったものを使っていただきました。ブログでも掲載した画像がほとんどですが、大判なので見応えがあって、感動です。HP「ご来福しよう」から入って右の「古代探訪」の方に...

  18. 今日は朝倉へ 2回目のバスハイク - ひもろぎ逍遥

    今日は朝倉へ 2回目のバスハイク

    今日は朝倉へ 2回目のバスハイク今日は『歴史と自然を守る会』のバスハイクで、朝倉に行ってきました。朝はまだ雲が低く残っていましたが、午後からは晴れ間が見えました。都市高速が渋滞していたのですが、なんと黒猫が道路に入り込んだためだったと、帰宅してニュースで知りました。今回は神功皇后軍が秋月の羽白熊鷲を追い詰めて寺内ダム付近に行った所からのスタートです。水の文化村の羽白熊鷲塚を見学して朝倉の平野...

  19. 「三星堆のイ族」と「一目国のイ族」は同じか - ひもろぎ逍遥

    「三星堆のイ族」と「一目国のイ族」は同じか

    「三星堆のイ族」と「一目国のイ族」は同じか 賀茂氏は日本の開拓者で、刀剣より、百姓の鋤鍬の生産を主としていたという。蹈鞴の名人で北方系の胡人だった。火を見る時、目を守るために片目を閉じる事から、隻眼一目(せきがんひとつまなこ)の神として倭人の間で崇められた、と真鍋は言う。その目は緑色。その祖国である一目国が中国の北方にあったという。中国最古の地理書といわれる『山海経』(せんがいきょう)にその...

  20. ラジオでした - ひもろぎ逍遥

    ラジオでした

    夜はRKBラジオ、神功皇后の話5回目を聴きました。自分の声にもずいぶん慣れましたよ。剣神社は鞍手の剣神社の話でした。脇巫女の舞台ですが、もちろんその話はしませんでしたよ。懐かしいですね。剣神社の後は、ロケに行った香椎宮の話になったので、鞍手古道は省略かもしれませんね。物部氏の話になるので、どうせまた長~くなりそうで、どうしたもんかとチョイ悩んでました。星読さんには鞍手を宣伝しとってと言われて...

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