福島と戦争のタグまとめ

福島と戦争」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには福島と戦争に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「福島と戦争」タグの記事(30)

  1. 原町飛行場~長谷川信氏所属武揚隊隊長とのかかわり④ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    原町飛行場~長谷川信氏所属武揚隊隊長とのかかわり④

     先の地方紙の報道では、「遺族らの高齢化が進み、民間での慰霊祭は継続できず断念することになった」との報道だった。 毎日新聞の地方版では、今後の在り方についても報じられていた。 https://mainichi.jp/articles/20171013/ddl/k07/040/056000c 市は関係者の要望を受け、市主催戦没者追悼式典の関連行事などとして存続させられないか検討中だとのことだ。...

  2. 原町飛行場~長谷川信氏所属武揚隊隊長とのかかわり③ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    原町飛行場~長谷川信氏所属武揚隊隊長とのかかわり③

     散策したり、散策した人の軌跡をたどったりするのには、見取り図から地図に落として、遺跡として残っているものを確かめる必要がある。 その資料となるものを探したら、「街道web」の「福島県浜通りの飛行場跡1」として、「原町飛行場」のページに、それを見つけた。 http://kaido.the-orj.org/air/hara.htm  遺蹟として残るのは、その飛行場全体の東側である事が分かる。 ...

  3. 原町飛行場~長谷川信氏所属武揚隊隊長とのかかわり② - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    原町飛行場~長谷川信氏所属武揚隊隊長とのかかわり②

     相馬野馬追のメイン会場なので、雲雀ヶ原には行ったことがある。しかし、その西に広がる平地が原町飛行場跡地であるということを知らなかった。 きむら氏が訪れる記事を具体的にイメージすることができていなかったのだ。 それで、原町飛行場についての確認だけはしていたのだ。ただ、散策予定がないので整理はしていなかったということだ。 散策資料に紹介される原町飛行場の見取り図は、どれも青田信一氏が提供される...

  4. 原町飛行場~長谷川信氏所属武揚隊隊長とのかかわり - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    原町飛行場~長谷川信氏所属武揚隊隊長とのかかわり

     地方祇を眺めていたら、原町飛行場の最後慰霊祭の記事があった。 先に「会津のわだつみ」長谷川信氏について「会津の『わたつみのこえ』を聞く」として整理し、その情報を元に、会津での長谷川信氏の情報を整理したところだった。 原町飛行場は特攻隊がかかわる飛行場だが、長谷川信氏が直接かかわるわけではない。かかわるのは信氏が所属した武揚隊隊長の山本薫氏だ。 「会津のわだつみ」長谷川信氏について整理してい...

  5. 会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく①の2 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく①の2

     「会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく」で、長谷川信氏の碑を訪ねた事を次のように整理した。 碑のある位置は、「街道Web」がいう「二本松裏街道」筋の「戸の口村」を過ぎて十六橋より手前の右手にあたる。要は旧越後街道筋だ。 その街道に沿っていくのには、天鏡閣、迎賓館を経由して九十九折れの五輪坂峠を経由して戸ノ口村に入るらしい。 http://kaido.the-orj.org/kaido/ur...

  6. 会津の「わたつみ」にかかわる資料について③ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津の「わたつみ」にかかわる資料について③

     【会津のわだつみ「長谷川信」氏にかかわる情報を得ているサイト】として、「Web東京荏原都市物語資料館」のページをリンクさせていただく。 メモ帳のページは、今は簡素化されたようだが、最初の頃はちょっと面倒だった。その頃のやり方を踏まえたままなので、ここに一度下書きして、それをメモ帳のページに張り付ける。 〇 < Web東京荏原都市物語資料館 > 「会津の「わたつみ」にかかわる資料について②」...

  7. 会津の「わたつみ」にかかわる資料について② - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津の「わたつみ」にかかわる資料について②

     「戦争経験を聴く会語る会」に参加された方の講演メモから、信氏の所属する「と号第三十一飛行隊隊」の概要部分をお借りする。 特攻4隊は昭和20年(1945)2月10日満州新京(現・吉林省長春)で以下の特攻隊四隊が編成される。この中の誠第三十一飛行隊(武揚隊)が、長谷川信氏が所属する隊だ。 〇 武揚隊=と号第三十一飛行隊山本中尉以下 15名 機種・九九襲 〇 武剋隊=と号第三十二飛行隊広森中尉以...

  8. 会津の「わたつみ」にかかわる資料について - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津の「わたつみ」にかかわる資料について

     「会津へ『わたつみのこえ』を聞きにいく⑯:戸ノ口の風景とその変遷⑥」で記したように、自分を「きけわだつみのこえ」に紹介される長谷川信氏の世界に導いて下さったのは木村健氏だ。 その木村氏が、東京の学童疎開児童との交流とかかわり情報やNHKラジオ深夜便出演を機に得た人脈を通して信氏の所属部隊の様子や信氏の最後の状況に至る経緯にかかわる径なども明らかになってきたようだ。その冊子が近々出版されると...

  9. 会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく21:戸ノ口の風景とその変遷⑪ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく21:戸ノ口の風景...

     信氏が通った戸ノ口の風景にかかわる変遷を確認していくと、水の利権にかかわる情報と結びついてしまう。猪苗代湖の自然を楽むという感覚とは真逆の見え方だ。 しかも、その利権にかかわるのは、今回のいまわしい原発事故を起こし、多大な被害をもたらした東京の電力会社だ。 その東京の電力会社が、猪苗代湖や裏磐梯三湖の水位調整及び放流について水利使用権を持っていることは知っていた。今回は、その経緯を確認した...

  10. 会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑳:戸ノ口の風景とその変遷⑩ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑳:戸ノ口の風景と...

     「きけわだつみのこえ」に紹介される長谷川信氏がかかわる戸ノ口の風景について確認してきた。 会津中学校端艇部戸ノ口艇庫の終焉には、猪苗代湖の湖面低下がかかわるらしい。その湖面低下には、発電用の水を小石浜取水門からの取水することなったことがかかわるとのことだが、それは、より深い処からの水を利用するという利水方法変更によるものだということだ。 その風景の変更の情報を地図から拾って図示すると、こん...

  11. 会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑲:戸ノ口の風景とその変遷⑨ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑲:戸ノ口の風景と...

     十六橋水門を日橋側から眺めている。 現在は、洪水時を除いてほとんど操作されることなく、普段はここからの自然流出がなくなったとのことだが、この時にはわずかに流失させているように見える。この前の長寿台風の停滞による長雨とのかかわりがあるのかな。 堤防で囲われた流域が日橋川本流で、その手前一門が旧布藤堰取水門で、日橋川本流の奥の2門が旧戸ノ口堰取水門だったということなのだろうと思う。 今まで、こ...

  12. 会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑱:戸ノ口の風景とその変遷⑧ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑱:戸ノ口の風景と...

     会津中学校端艇部が明治32年(1988)年に戸ノ口に艇庫を構えて活動を開始し、昭和26年(1951)に、艇庫をこの地から中田浜に移動するあたりの十六橋の変遷にかかわる情報を、「猪苗代土木事務所」の「管理施設の紹介」から読み取る。 まずは、明治期に会津盆地へ流出する水量を調節し、郡山盆地に引水して安積野を開拓しようとする国営開拓事業で十六橋に水門が建設された。 当初は十六眼鏡石橋水門で、1門...

  13. 会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑰:戸ノ口の風景とその変遷⑦ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑰:戸ノ口の風景と...

     昨日の整理で「戸ノ口原」について確認した部分は、他所者にとっては分かりにくい。それでも、地元では当たり前の事としてあまり説明されないようだ。 例えば「戸ノ口原古戦場」だが、地図上の表記は「笹山原」だ。そして、木村氏が辿り着いた集落も、地元の方は戸ノ口原と呼称しているのだ。 この辺りに広がる平地を、あるときには大野原といい、またある時には笹山原といい、更にまた戸ノ口原ともいうという状態だ。 ...

  14. 会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑯:戸ノ口の風景とその変遷⑥ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑯:戸ノ口の風景と...

     猪苗代湖を百駄船で運ばれてきた猪苗代第一発電所送電線や資材、それに周辺各浜から採取されて達磨舟に積まれた砂利や砂は、戸ノ口港あるいはその近くで荷揚げされる。 荷揚げされたそれらの資材は、工事専用軌道で工事現場まで運ばれたという。 その工事軌道跡については、「街道Web」の「猪苗代第一発電所工事軌道(河東町)」に「戸ノ口専用鉄道」として、その詳細が記されている。 http://kaido.t...

  15. 会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑮:戸ノ口の風景とその変遷⑤ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑮:戸ノ口の風景と...

     「会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑭:戸ノ口の風景とその変遷④」では、郡山―若松間に岩越鉄道が開通したことによって湖上運送は衰退するという前提で話を進めた。 それでも、明治32年(1899)に会津中学校端艇部戸ノ口艇庫が創設される頃までは、その湖上交通の賑わいの名残はあった筈だとした。 しかし、確認を進めていくと、郡山―若松間に岩越鉄道の開通の影響で湖上運送が衰退したとする前提は、単純...

  16. 会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑮:戸ノ口の風景とその変遷⑤ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑮:戸ノ口の風景と...

     「福島県民百科」では、猪苗代湖の湖上運送にかかわる江戸時代の港として、戸ノ口と共に、会津領の港として篠山、関脇、秋山の港があんないされるが、若松口は戸ノ口港と篠山港で、関脇港は仙道 (中通り) 口で、秋山港が白河口ということのようだ。 その戸ノ口港と共に会津口である篠山港が、戦後の昭和24年に復活したとされる水上運動会の本部が設置される小石ケ浜付近らしい。 ここを他所者が確認するのには、地...

  17. 会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑭:戸ノ口の風景とその変遷④ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑭:戸ノ口の風景と...

     「会津戸ノ口十六石橋之全図」から、会津中学校端艇部戸ノ口艇庫の創設とのかかわりが想像できる情報を拾ってみる。 その一つが、「向戸ノ口船問屋」だ。ここは「戸ノ口村が赤井村の岸辺に設けた船宿」なそうだ。「『新編会津風土記」には「赤井村の境内湖浜に家二軒を営み船宿とす、江戸に米を運送する為に設く」とすると解説される。 解説にもあるように、湖中の岸辺には数艘の帆線が帆を降ろして留まっている。 「福...

  18. 会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑬:戸ノ口の風景とその変遷③ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑬:戸ノ口の風景と...

     「福島県史料情報第10号」に、「会津戸ノ口十六石橋之全図」が紹介される。  http://www.history.fcp.or.jp/shiryojoho/shiryojoho10.html##10-1 この橋は、天明8年(1788)二十三の橋脚からなる石橋に改修されたという2代目のようだ。「新編会津風土記」には長さ48間で、凡そ23断の石橋で、左右の勾欄まで皆石づくりと紹介されるようだが...

  19. 会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑫:戸ノ口の風景とその変遷② - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑫:戸ノ口の風景と...

     会津中学校端艇部戸ノ口艇庫跡を案内する石碑には、ここにその艇庫があったのは明治32年(1899)~昭和26年(1951)であることが示される。従って、先の「会高通史」座談会で話されていた会津中学校端艇部創設時代の十六橋は、現在の状況ではない。 「国立国会図書館デジタルコレクション」の「写真の中の明治大正」に「仁山智水帖【光村写真部(明治35年6月)」が紹介され、その中に当時の十六橋が紹介さ...

  20. 会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑪:戸ノ口の風景とその変遷① - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    会津へ「わたつみのこえ」を聞きにいく⑪:戸ノ口の風景と...

     猪苗代湖面の水深やこの水門の役割・機能などの変化はあるが、外見上の風景としては、現在のこの風景は長谷川信氏が猪苗代の戸ノ口に通っていた頃の原風景に近いということだろうと思う。 具体的に照合してみる。 長谷川信氏がこの猪苗代の戸ノ口にかかわる時期は、昭和10年から昭和15年辺りだと思われる。  氏の会津中学入学が昭和10年だ。 昭和13年の途中で休学するが、昭和14年春には復学している。 ま...

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