篤姫(天璋院)のタグまとめ

篤姫(天璋院)」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには篤姫(天璋院)に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「篤姫(天璋院)」タグの記事(9)

  1. 幕末京都逍遥その143「伏見薩摩藩邸跡」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その143「伏見薩摩藩邸跡」

    前稿で紹介した大国寺から西に100mほど歩いたところに、「薩摩島津伏見屋敷跡」と刻まれた石碑があります。江戸時代、ここに伏見薩摩藩邸がありました。 徳川幕府は第3代将軍徳川家光以後、約230年間、江戸にこもって京都にやってきませんでした。そのため、原則として諸大名にも上洛を禁じました。西国大名が参勤交代のため江戸と本国を往復するときも、京都ではなく伏見を通りました。なので、西国諸藩は伏見に拠...

  2. 西郷どん第35話「戦の鬼」その2~江戸薩摩藩邸焼き討ち事件~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第35話「戦の鬼」その2~江戸薩摩藩邸焼き討ち事件~

    昨日の続きです。王政復古のクーデターの報告を受けた徳川慶喜は善後策に苦慮します。辞官はともかく、納地の命令は、徳川家15代当主として簡単に受け入れられるものではありません。それならば薩摩と一戦交えるか・・・・。幕兵、会津兵、桑名兵を合算すれば、薩長の在京兵力を打ち破れないことはない。しかし、いったん朝敵となってしまえば、尾張、越前、土佐が推し進める調停が水の泡になる。さりとて、激高した部下た...

  3. 幕末京都逍遥その133「村岡局(津崎矩子)像(嵐山公園)」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その133「村岡局(津崎矩子)像(嵐山公園)」

    嵯峨野の嵐山公園内に、幕末の女傑・村岡局の像があります。村岡局は、女だてらに勤王家として熱心に活動し、西郷隆盛や梅田雲浜らとも深く関わった女性です。 彼女は元の名を津崎矩子といい、公卿の近衛忠煕に仕え、中臈を経て老女となり、村岡局を名乗りました。黒船来航以降、近衛忠熈が尊王攘夷派の公卿として頭角を現すと、彼女は清水寺の僧・月照や水戸の鵜飼吉左衛門らと親交を持ち、志士相互及び志士と公家との連絡...

  4. 幕末京都逍遥その62「皇女和宮生誕の地・橋本家跡(京都御苑)」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その62「皇女和宮生誕の地・橋本家跡(京都...

    京都御所の西側中央付近に、「皇女和宮生誕の地(橋本家跡)」と書かれた木柱が建てられています。江戸幕府第14代将軍・徳川家茂の正室となる和宮親子内親王は、弘化3年閏5月10日(1846年7月3日)、父が仁孝天皇(第120代天皇)、母は大納言・橋本実久の娘・経子の娘として、橋本家の屋敷があったこの地で生まれました。孝明天皇(第121代天皇)の腹違いの妹となります。 周知のとおり、和宮は幕府と朝廷...

  5. 幕末京都逍遥その59「近衛邸跡(京都御苑)」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その59「近衛邸跡(京都御苑)」

    京都御苑の北西の端にある、「近衛邸跡」を訪れました。近衛家は藤原氏の流れをくむ藤原北家近衛流の嫡流にあたり、五摂家(近衛、鷹司、九条、一条、二条)のひとつです。「幕末」と呼ばれる時代の当主は近衛忠煕で、前稿で紹介した九条尚忠のあと、関白に就任します。 幕府第13代将軍・徳川家定の正室となった天璋院篤姫は、近衛忠煕の養女となったあと、徳川家に嫁ぎました。篤姫は薩摩藩島津家の分家・今和泉島津家の...

  6. 西郷どん第13話「変わらない友」~篤姫の輿入れと大久保利通の熊本行き~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第13話「変わらない友」~篤姫の輿入れと大久保...

    安政の大地震などによって先送りになっていた篤姫の将軍家輿入れがようやく決定したのは安政3年(1856年)2月のことでしたが、このとき、島津斉彬の命で篤姫の嫁入り道具の調達にあたったのが、西郷吉之助(隆盛)でした。その内容は、箪笥や長持、挟箱、櫛、髪飾りなど姫君の嫁入り道具全般に及び、文字通り金に糸目を付けない方針で、西郷自身が店の暖簾をくぐって店との交渉も行ったといいます。現在、残っている書...

  7. 西郷どん第12話「運の強き姫君」~篤姫の輿入れ難航~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第12話「運の強き姫君」~篤姫の輿入れ難航~

    やはり、今回も篤姫の将軍家輿入れは一橋慶喜を次期将軍に推すための密使の役目という設定でしたね。第10話の稿でも述べましたが、この縁談は、島津斉彬が慶喜の将軍継嗣を実現するために仕組んだ謀だったとの説があります。病弱で言動も定かではなかったといわれる(一説には、脳性麻痺だったとも)第13代将軍・徳川家定を、篤姫が御台所としてうまく操り、また、御台所の父という立場で斉彬自身も発言力を高め、将軍継...

  8. 西郷どん第10話「篤姫はどこへ」~篤姫の輿入れと将軍継嗣問題~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第10話「篤姫はどこへ」~篤姫の輿入れと将軍継...

    篤姫の輿入れ先が明らかになりましたね。幕末ファン、大河ドラマファンの方々にとっては言うまでもないことだと思いますが、島津斉彬の養女となった篤姫の輿入れ先は、江戸幕府第13代将軍・徳川家定の正室でした。外様大名の分家の娘が、一国のファーストレディーになるというのですから、当時としては、ちょっとしたシンデレラストーリーだったことでしょう。その篤姫の輿入れに西郷吉之助(隆盛)も深く関わることになる...

  9. 西郷どん第5話「相撲じゃ! 相撲じゃ!」~斉彬藩主就任~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第5話「相撲じゃ! 相撲じゃ!」~斉彬藩主就任~

    嘉永4年(1850年)2月、43歳にして島津斉彬がようやく藩主の座に就くと、斉彬の藩主就任を待ち望んでいた勢力は、お由羅騒動で前藩主・島津斉興より不当な処分を受けた者たちの赦免を期待しました。しかし、斉彬は斉興時代の重臣たちを罷免することなく、また、処分を受けた斉彬派の赦免も行いませんでした。あくまで藩内融和を第一としたわけですね。これは賢明な斉彬なら当然の策で、ここで前政権の重臣たちを一掃...

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