茅葺のタグまとめ

茅葺」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには茅葺に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「茅葺」タグの記事(30)

  1. 咸宜園 - 明子の道々日記

    咸宜園

    咸宜園の補修。定期的なスパンで補修することによって、そのものを保ち続けることができるということは確かなことである。穴が開くとするならば、その穴にさし茅をさすやり方があるということ。アバカで程よく束ねた茅で穴を埋めつつ、その周りにも長めの茅と短い茅を絡めるようにさしていき、ほめ板で叩いては整え、余分なものをそぎ落としてはハサミで整えていく。歯に穴が空いたら、そこに銀歯を入れるような。かてい。

  2. 「さっそくのみんのす」 - 明子の道々日記

    「さっそくのみんのす」

    さっそくのみんのすとの遭遇があった。小城羊羹の店舗に、その耳はあった。しかも、12個も。親方は全くもって魔除け的だよね。と仰っていた。馬の耳は、茅をトタンで覆っていた。ピンとはねた、聞き耳。生きている茅葺。「怪獣はささやく」パトリックネス著シヴォーンダウト原案の、木の怪獣を思い出していた。見方によって、立場によって変わる真実の物語を。私の真実は、あなたの真実ではないとしても。それは、誰かにと...

  3. 「茅葺の耳は馬の耳」 - 明子の道々日記

    「茅葺の耳は馬の耳」

    「みんのす」は猫耳のようなものが付いている茅葺屋根のことだと上村さんが教えてくださった。本当は、馬の耳をモチーフにしているということで、みんのすの「す」は穴のことだという。王様の耳はロバの耳、茅葺の耳は馬の耳。今の現場が佐賀の鹿島なので、そういう話になったのもあるが、みんのすは、佐賀に多い作りらしく、ぜひとも耳のある茅葺を見てみたいので、みんのすを佐賀で探してみようと思った。この鹿島の現場の...

  4. 綾部街道を行く - 無垢の木の家・古民家再生・新築、リフォーム 「ツキデ工務店」

    綾部街道を行く

    綾部(あやべ)街道は、大阪府の池田市から京都府の綾部市に至る街道で、現在の国道173号線です。私はこの街道を行くのは初めてです。この日京都縦貫自動車道の「京丹波みずほIC」で降り、綾部街道を走りました。 旧街道沿いに建つこの地方特有の平入り「整形四間取り」の元茅葺の民家。 のどかな田園風景が広がります。 質志(しづし)という集落にある京都府指定天然記念物の鍾乳洞、周辺は公園になっています。京...

  5. 「すくらっち」 - 明子の道々日記

    「すくらっち」

    素のくらっちさんのことを「すくらっち」ということにした。くらっちさんとは、詩のボクシング福岡実行委員会でご一緒した倉地久美夫さんのことであるが、この頃ご無沙汰していたが、たまたま歌を聞く機会があり、また、すくらっちさんを拝聴することとあいなった。どこにもない音を、うたを聴かせてくれるような、すくらっちの音の世界に、どっぷりとつかりきった。「スーパー千歳」の完成度もさることながら、あるばむ「い...

  6. 「漆喰の白を」 - 明子の道々日記

    「漆喰の白を」

    漆喰の白い壁を塗った。左官の先輩が講師をしていたお家の壁を塗ったのだ。ボランティアの方々も大勢おられて、その中の山口さんという方が、左官って、左から塗るから左官っていうんだよ。と、教えてくださった。灰色の壁が、一度塗り、二度塗り、三度塗りして白くなっていく。空気が入らないように、丁寧に、丁寧に塗り上げていく。白く塗りつぶされていく壁に、息を吐きながら、一気に塗り上げていく。隅もマンボウコテ?...

  7. 「梅の実と種と」 - 明子の道々日記

    「梅の実と種と」

    落ちた梅を拾って、ざるそば一人前のザル二つほどの量を干していたら、いつの間にか、全て種になっていた。落ちた時にはついていた虫に食べられたのかもしれないし、その虫もろとも梅の実を小鳥が食べてしまったのかもしれない。乾いた梅の種は梅干よりもなお、干されっ放しで、カラカラに乾いていた。梅雨になったというのに、干からびたまま、そこに転がっていた。私は、干からびた梅の種をまた拾い集めて、山に埋めようと...

  8. 小出異変 - 山猫を探す人Ⅱ

    小出異変

    重湍渓を流して視界が開けると、そこは小出毎度楽しみにしている風景があるが、今年は目、鼻、口がすべて半開きになってしまいました。雰囲気抜群の萱ぶき家屋が崩壊!背後の山は波平状態w総入れ歯(そういえばw)遠野の情報通サマから聞いていたのを思い出した。「遠野の山は、今年以降、伐採周期に入る」つまり、ハゲ山ばっかりの遠野になるってこと数十年に一度の周期で起こる避けられないことでんな。。

  9. 「遅れてやってきた茅葺への道黄金週間」月輪寺篇 - 明子の道々日記

    「遅れてやってきた茅葺への道黄金週間」月輪寺篇

    月輪寺に行く。がちりんじと読む。と言っても、すでに、茅葺の葺き替えに着手しており、大きな茅葺屋根の全体像は拝見できなかったが、歴史ある建物であるので、いつか手がけたいと先輩がおっしゃていたのが印象に残っている。出来上がった時、また、訪れてみたいところではある。

  10. 「遅れてやってきた茅葺への道黄金週間」個人宅篇 - 明子の道々日記

    「遅れてやってきた茅葺への道黄金週間」個人宅篇

    「おうちえん」をされている、大下さんの御宅の茅葺屋根を拝見した。おうちえんは、毎日が冒険のような、生活のような、まさしく今生きているものたちが、失っていきつつなるものをしっかりと抱きしめているような、生きる真の力を持った大人や子供が集う場だと思われた。ヤギにカーデガンをむしゃむしゃ食われそうになったり、鶏はオスが一匹にメスが十五匹くらいがベストな(ハーレム)状態だということを大下さんの倅の空...

  11.  「遅れてやってきた茅葺への道黄金週間」般若寺篇 - 明子の道々日記

    「遅れてやってきた茅葺への道黄金週間」般若寺篇

    「いけにえ」となって「金龍神」を鎮めた「般若姫」の墓所「般若寺」。ここもまた奥日田美建の親方と先輩方が手がけた茅葺の屋根のお寺の門である。少し高台から、屋根を俯瞰できる眼差しを持つことができる貴重な屋根でもある。屋根を下から拝見できることはもちろん、屋根の上に登っている時よりもなお、上の、遠くから屋根全体を拝見できるのである。上からの立体的な眼差しを獲得し、全方角的に茅葺を見られるということ...

  12. 「遅れてやってきた茅葺への道黄金週間」清狂草堂篇 - 明子の道々日記

    「遅れてやってきた茅葺への道黄金週間」清狂草堂篇

    遅ればせながら、黄金週間中に拝見した茅葺への道のお話。山口県柳井市のホームパージより以下抜粋。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜柳井市遠崎妙円寺の境内にあり、月性展示館は幕末の海防論者で勤皇僧、月性に関わる書画、額画、巻軸、書翰、書冊などを展示しています。また、清狂草堂は月性がひらいた私塾で、松下村塾と並び討幕に活躍した多くの門人を生んでいます。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜...

  13. 「杉皮の神様のような」 - 明子の道々日記

    「杉皮の神様のような」

    先日、先輩と樹齢70年程の杉皮を受け取りに行った。杉皮を丁寧に手仕事で剥いでいく。たろうらさんは、杉の命の表皮を剥がしていくように、杉皮を丁寧に手仕事で剥いでいく。ご夫婦で携わっておられて、奥方からお聞きしたのだが。杉は立っている時はまっすぐに見えるが、たおしてみると、ところどころ曲がっていることがあるという。その曲がっているところを見定めて、一番杉皮を生かして使わしてもらうように、例えば2...

  14. 「茅葺きの心得」と新年会と試験 - 明子の道々日記

    「茅葺きの心得」と新年会と試験

    親方が、奥日田美建の弟子たちに遺言のような教科書のような「茅葺きの心得」のような書物を三日三晩ほどかけて書き綴ったものをくださった。誠に有難く、ここにいる幸いに心より感謝申し上げます。その後、新年会を奥日田美建の皆様とともに。皆さん、穏やかな方々ばかりでゆうるりと楽しめる時間を過ごさせてもらった。とりわけ、方言で盛り上がった。日田の「せせらん」?=「億劫な?、やる気の出ない??」という言葉に...

  15. 「茅葺の民俗学」生活技術としての民家安藤邦廣はる書房 - 明子の道々日記

    「茅葺の民俗学」生活技術としての民家安藤邦廣はる書房

    「茅葺の民俗学」生活技術としての民家安藤邦廣はる書房より以下抜粋。草で葺かれた屋根の総称としては茅葺屋根の他に草屋根、草葺屋根、葛屋等が用いられた。葛屋とはありあわせの屑物を利用して作られた屋根、またはその家という意味である。またすすきで葺かれた屋根を茅葺屋根と呼ぶのに対して、稲わらや麦わらで葺かれた屋根はわら葺屋根と呼ばれる。さてこのような茅葺きの屋根は古くから北海道、沖縄まで住宅に限らず...

  16. 「茅葺の民俗学」生活技術としての民家安藤邦廣はる書房 - 明子の道々日記

    「茅葺の民俗学」生活技術としての民家安藤邦廣はる書房

    「茅葺の民俗学」生活技術としての民家安藤邦廣はる書房より以下抜粋。茅とは屋根を葺く草の総称で狭い意味には最もよく使われるすすきのことである。かやは茅(萱)の他には古くは、茅草、草の字が用いられてきた。爾(ここ)に即ち、其の海辺の波限(ナギサ)に鵜の羽を以ちて茅草(カヤ)と為て産殿を造りき。〈略〉〈波限を読みて那芸佐と云ふ。茅草を訓みて加夜(カヤ)と云ふ〉(古事記ー上)わがせこは、かりいほつく...

  17. 「日本奥地紀行」イザベラ・バード平凡社 - 明子の道々日記

    「日本奥地紀行」イザベラ・バード平凡社

    イザベラ・バードが見た日本は、緑の深い奥まった日本であったようではあるが、新潟に茅葺の勉強に行った時に訪れた大内宿の茅葺の家々の詳しい記述は見当たらず、おそらく、その当時はどこにでもある風景として、認識されていたと思われる。彼女は北海道のアイヌの村も訪れている。アイヌの人々に、どちらかというと欧羅巴に近しいものを感じていたようである。以下、茅葺や屋根に関する記述抜粋。第十一信藤原にて板葺屋根...

  18. 「日本奥地紀行」イザベラ・バード平凡社 - 明子の道々日記

    「日本奥地紀行」イザベラ・バード平凡社

    一度だけ仏教寺院のことを買うてみることにする。〜〜〜〜〜〜〜〜〜土台は四角の石からなり、その上に柱が立っている。柱は楡材で、間隔を置いて縦の木材と結合されている。屋根が非常に大きくて重みがあるのは、桁構えの構造によるものである。これは一つの思い枠組みからできており、頂上まで面積をだんだん少なくして築き上げたものである。主要な梁は非常に大きな木材で、自然状態のままにしてあげてある。屋根は非常に...

  19. 夏目と冬目 - 明子の道々日記

    夏目と冬目

    白川村とほぼ同じこてのことを、岐阜県揖斐郡(いびぐん)本巢町神海ではていたと言っている。かい型で、材料はけやきである。ここではめなしと言って、こて型の表面を鉋をかけたりして正確な平面にして使用しているが、これにはわら縄巻かないというから、一段と精密な仕上げを期待しているこてということがわかる。つまり、白川村のようにわら縄をまくと、能率的にたたけるが、それほど正確な平面性は得られないで、細かい...

  20. 茅葺農家の残る中立山@松之山 - デジカメ写真集

    茅葺農家の残る中立山@松之山

    茅葺、松之山でも最近は殆ど見かけなくなってしまった。松之山に中立山という地区がある。ここにはまだ三軒も茅葺の農家が残ってる。ここ、中立山は我々が松之山で棚田の農作業ごっこを始めた地でもあります。中立山は昔は30戸近い農家が集まった集落だったが今や数軒しか残っていない。今日はそんな中立山の写真をアップいたします。撮影データ>※JPEGより現像(Photoshop Lightroom 5使用)機...

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