西郷隆盛のタグまとめ

西郷隆盛」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには西郷隆盛に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「西郷隆盛」タグの記事(80)

  1. 西郷どん第46話「西南戦争」その1~西郷の挙兵~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第46話「西南戦争」その1~西郷の挙兵~

    明治10年(1877年)2月15日に挙兵した西郷軍は、出水街道と大口街道の二道に分かれて東上を開始。そしてその総大将である西郷隆盛も、2月17日に鹿児島を発ちます。このとき、南国の鹿児島では珍しい50年に一度と言われた大雪が数日前から降り続き、町を白く染めていたと伝えられます。西郷軍は出陣するにあたって7大隊を編成し、篠原国幹、村田新八、永山弥一郎、桐野利秋、池上四郎、別府晋介に、それぞれ大...

  2. 藤田八束の鉄道写真@明治維新が教えてくれた若者教育法、勉強と訓練・・・教育環境の大切さ、西郷隆盛と坂本龍馬 - 藤田八束の日記

    藤田八束の鉄道写真@明治維新が教えてくれた若者教育法、...

    藤田八束の鉄道写真@明治維新が教えてくれた若者教育法、勉強と訓練・・・教育環境の大切さ、西郷隆盛と坂本龍馬NHK大河ドラマ「西郷どん」が最高に面白い。とうとう西南の役に入っていく…。熊本出身のこの私もどうも西南の役の真実が知りたい。西郷隆盛が西南の役に入っていくその訳とは、優秀な人たちはどの様な行動をとって行ったのか。そして、得られた日本は希望ある国となったのか。その後改革どう展開していった...

  3. 西郷どん第45話「西郷立つ」その3~弾薬庫襲撃事件~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第45話「西郷立つ」その3~弾薬庫襲撃事件~

    昨日の続きです。西郷隆盛の暗殺計画が持ち上がる少し前、政府内では鹿児島の不穏な動向に対処すべく、ある計画を立案します。その計画とは、鹿児島の兵器弾薬製造所を大阪へ移すというものでした。もちろん、これは鹿児島での反乱の発生を視野に入れた緊急対策でした。この製造所は、かつては薩摩藩の弾薬庫でしたが、維新後は政府軍の管轄下になっていました。国のものである以上、政府がこれをどこに移そうが鹿児島県には...

  4. サラ・オレイン - まほろば日記

    サラ・オレイン

    先日、オットさまのお供で、とある企業のクローズドコンサートに出かけました。そこで、今年の大河ドラマ「西郷どん」にて「我が故郷」を歌っている歌姫が出演なさっていました。サラ・オレインさんマイクを使った歌唱でしたが、素晴らしい歌声でした。「我が故郷も」拝聴しましたが、改めて、せつなさが募るようなとてもいい曲、いいフレーズだと思いました。作曲家の方自らが、彼女を大河ドラマの曲に抜擢なさったそうです...

  5. 西郷どん第45話「西郷立つ」その2~西郷暗殺計画~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第45話「西郷立つ」その2~西郷暗殺計画~

    昨日の続きです。各地で不平士族の反乱が勃発していた同じ頃、鹿児島県では、県令・大山綱良以下の役人には一人も県外人を入れず、すべて私学校とその分校の幹部を就かせて、県政は中央政府の法令には一切従わず、私学校の指導で行われていました。県下の租税はいっさい中央にあげず、県下では秩禄処分もなく、太陽暦も採用せず旧暦を守り、士族は相変わらず刀を帯び、ひとたび西郷隆盛の命令が下ればただちに戦闘状態に入れ...

  6. 藤田八束の鉄道写真@NHK大河ドラマ「西郷どん」いよいよ西南の役へ・・・越すに越されぬ田原坂、日本平和の歴史 - 藤田八束の日記

    藤田八束の鉄道写真@NHK大河ドラマ「西郷どん」いよい...

    藤田八束の鉄道写真@NHK大河ドラマ「西郷どん」いよいよ西南の役へ・・・越すに越されぬ田原坂、日本平和の歴史 日本は平和で豊か、こんなに素晴らしい国が他にあるのだろうかと思っています。しかし、僅か150年前にも明治維新の革命が起っており多くの尊い命が亡くなっている。その後は世界大戦と紛争は多くの尊い命を無くしている。今、NHK大河ドラマ「西郷どん」はその真っただ中の革命が起り、これからの新し...

  7. 藤田八束の鉄道写真@NHK大河ドラマ「西郷どん」に涙・・・西郷隆盛、日本を変えた偉人たちと日本の平和 - 藤田八束の日記

    藤田八束の鉄道写真@NHK大河ドラマ「西郷どん」に涙・...

    藤田八束の鉄道写真@NHK大河ドラマ「西郷どん」に涙・・・西郷隆盛、日本を変えた偉人たちと日本の平和NHK大河ドラマ「西郷どん」を見ながら涙しています。日本がいかなる歴史を経て今日の平和が築かれたのか、そしてそれにどんな人たちが関係してきたのか、今の私には最も興味あることです。そして、現実に明治維新で偉人たちを輩出したその地が何故にそんな偉人を多く輩出したのか、それはとっても興味があります。...

  8. 西郷隆盛像 - My Palpitation

    西郷隆盛像

    西郷愛に溢れた鹿児島でした。霧島市鹿児島空港そばの西郷さん。鹿児島市内にいる西郷さん。鹿児島出身の彫刻家渋谷の忠犬ハチ公の制作者でもある安藤照が8年かけて制作したそうです。第三回プラチナブロガーコンテストを開催!写真部門

  9. 西郷どん第44話「士族たちの動乱」その3~私学校の創設~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第44話「士族たちの動乱」その3~私学校の創設~

    昨日の続きです。明治6年の政変によって西郷隆盛は下野し、明治6年(1873年)11月10日に鹿児島に帰郷しますが、このとき、西郷に追従するかたちで多くの官僚、軍人が辞職しました。その人数は、鹿児島県だけでも数百名に及んだといいます。代表的なところでは、桐野利秋、篠原国幹、淵辺群平、別府晋介、河野主一郎、辺見十郎太などで、彼らは、朝命で東京に残るよう命令されていたにも関わらず、それを無視して西...

  10. 西郷どん第44話「士族たちの動乱」その2~佐賀の乱~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第44話「士族たちの動乱」その2~佐賀の乱~

    昨日の続きです。新政府に対する不平士族たちの反乱の狼煙は、まず九州の佐賀において上がります。佐賀は、いわゆる「薩長土肥」の一角として維新政府に人材を輩出していましたが、その実は薩長主導のもとその風下に立たされており、佐賀人はその憤懣を募らせていました。そんな背景のなか、明治6年の政変によって、江藤新平、副島種臣が政府からはじき出されたことが導火線となり、明治7年(1876年)2月1日、300...

  11. 幕末京都逍遥その167「臥雲山即宗院」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その167「臥雲山即宗院」

    「その164」で紹介した東福寺の塔頭のひとつである臥雲山即宗院は、薩摩藩ゆかりの寺院として知られています。 即宗院は、南北朝時代の元中4年(1387年)に薩摩国の守護大名だった6代目・島津氏久の菩提を弔うため創建されました。その後、永禄12年(1569年)に火災で焼失しますが、慶長18年(1613年)、島津家久よって再興され、以来、薩摩藩の畿内菩提所となりました。 即宗院が建立される以前は、...

  12. 西郷どん第43話「さらば、東京」その4~明治6年の政変<西郷と大久保の決別>~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第43話「さらば、東京」その4~明治6年の政変...

    昨日の続きです。辞表を提出した西郷隆盛は、まもなく日本橋小網町にあった家を引き払い、隅田川の枕橋近くにあった越後屋喜右衛門の別荘に身を隠しました。越後屋喜右衛門は旧徳川時代に庄内藩御用達だった人物で、その縁で、この当時西郷家の面倒をみていました。西郷はここに数日間滞在し、釣りや詩作、揮毫などをして過ごしたと言われています。西郷は東京を去ることを決意し、あるいは最後になるかもしれない東京での生...

  13. 西郷どん第43話「さらば、東京」その3~明治6年の政変<政局の結末>~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第43話「さらば、東京」その3~明治6年の政変...

    昨日の続きです。ドラマでは閣議は1日で終わっていたかのようでしたが、実際には10月14日の閣議では結論に至らず、翌15日、改めて閣議が開かれました。しかし、通説では、この日、西郷隆盛は閣議を欠席したといいます。その理由は、自身の言い分は前日の閣議ですべて吐き尽くしたと判断し、採否は太政大臣をはじめとする他のメンバーに委ねたのではないかと言われています。この欠席が、西郷にとって功を奏することに...

  14. 西郷どん第43話「さらば、東京」その2~明治6年の政変<10月14日の閣議>~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第43話「さらば、東京」その2~明治6年の政変...

    昨日のつづきです。明治6年(1873年)10月14日、正院にて閣議が開かれました。当初は10月12日に開かれる予定でしたが、急遽、副島種臣が参議に加わるなどのゴタゴタがあって、2日延期されました。岩倉具視の帰国以来、征韓論反対派は水面下で激しく裏工作に動いていましたが、西郷隆盛を中心とする賛成派は、これといった政治工作はしていませんでした。西郷にしてみれば、自身の朝鮮国使節の件は8月17日の...

  15. 上野の3153(西郷さん)と不忍池。 - 馬耳Tong Poo

    上野の3153(西郷さん)と不忍池。

    上野駅周辺をそぞろ歩く。腹ごしらえに駅構内のパン屋でイートイン。「パンダのあんパン」は店の人気商品だそうな。不忍口に面する飲食店ビル「UENO 3153」(西郷さん)。上野清水堂。錦絵で有名な「月の松」があるとか。上野清水観音堂。京都の清水観音堂がモデル。寛永8年(1631)天海大僧正により建立された。犬連れた西郷隆盛像。顔でかっ。

  16. 幕末京都逍遥その163「東寺」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その163「東寺」

    舞台は洛中に戻って、世界遺産に指定されている東寺にやってきました。ここは、慶応4年1月3日(1868年1月27日)に始まった鳥羽・伏見の戦いで薩摩軍の本陣が布かれた場所です。 周知のとおり、鳥羽・伏見の戦いの勝敗を決定づけたのは、新政府軍が掲げた「錦の御旗」だったといわれています。このとき征討大将軍として新政府軍の大将だった仁和寺宮嘉彰親王(後の小松宮彰仁親王)は、戦いが始まって2日目の1月...

  17. 西郷どん第42話「両雄激突」その2~征韓論~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第42話「両雄激突」その2~征韓論~

    昨日のつづきです。話はいよいよ「征韓論」の政争に突入しました。「征韓論」とは、読んで字のごとく、お隣の朝鮮に出兵して征服する、あるいは、武力を後ろ盾に政治体制の変革を迫るという主張です。このときより遡ること約20年前、日本も米国ペリー艦隊の来航によって開国を迫られ、それをきっかけに幕末の動乱がはじまり、長く続いた封建国家体制が崩れ、近代国家を目指すべく明治政府が樹立されましたが、今度は、その...

  18. 上野寛永寺・輪王殿。 - 馬耳Tong Poo

    上野寛永寺・輪王殿。

    所要で上野へ行ったついでに立ち寄った。徳川将軍家の菩提寺として、1625(寛永2)年天海僧正によって創建された。慶応4年5月15日(1868年7月4日)、官軍と彰義隊との上野戦争の舞台となる。

  19. 西郷どん第41話「新しき国へ」その2~西郷留守内閣~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第41話「新しき国へ」その2~西郷留守内閣~

    昨日の続きです。岩倉使節団の帰国まで極力新しい改正には手を付けないとの約定を交わして発足した留守政府でしたが、実際問題、廃藩置県施行後の大変革期に、何もせずに待つというわけにはいきませんでした。使節団の洋行が予定より大幅に長引いたということもありましたが、結局、使節団が留守にしていた2年弱のあいだに、近代化に向けての改革が相次いで施行されることになります。 留守内閣が手を付けた主な改革だけを...

  20. 西郷どん第41話「新しき国へ」その1~岩倉使節団~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第41話「新しき国へ」その1~岩倉使節団~

    廃藩置県の改革が大きな反動を見ることなく施行されると、それから3ヵ月足らずの明治4年10月8日(1871年11月20日)、明治新政府は右大臣兼外務卿の岩倉具視を特命全権大使とする使節団を欧米に派遣するという策を決定します。いわゆる「岩倉使節団」ですね。そのメンバーは、副使に任命された木戸孝允(参議)、同じく副使となった新政府の事実上の首相である大久保利通(大蔵卿)、同伊藤博文(工部大輔)、同...

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