親鸞のタグまとめ

親鸞」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには親鸞に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「親鸞」タグの記事(42)

  1. オペラ「親鸞」の構想2007年 - 熊本幸夫のブログ「退屈夜話」

    オペラ「親鸞」の構想2007年

    オペラ「親鸞」は、2011年の「親鸞上人750年大遠忌」を目指して、大阪城創作野外オペラ「千姫」を再演した翌年、2007年に構想を立ち上げたものだった。ノートが手許に残っている。親鸞が法然の門に走った動機として「夢告」がある。オペラのタイトルは「夢告」がいい。親鸞の「夢」に現れた救世観音は、聖徳太子のお姿であったとするよりも、神々しい女性の姿であるほうがいい。そこで親鸞の終生の憧れのひと「玉...

  2. 薄められた仏教 - 浜本隆司ブログ オーロラ・ドライブ

    薄められた仏教

    ちょっと長いですが、文章引用です。文化財が破壊される原因は、自然の摂理としての生成変化だけでなく、人為的な破壊も大きな要因です。私たち日本人は、漠然と東南アジア全体は仏教圏だと考えています。しかし、現状は決してそうではありません。お隣の韓国は、李氏朝鮮時代に、儒教化政策の元に徹底的な排仏政策を行い、古い寺院や仏像の大半が破壊されてしまいました。一万個寺あった寺院が、なんと三十六寺までになって...

  3. 親鸞の女人正機 - 鯵庵の京都事情

    親鸞の女人正機

    煩悩の一番多いのが女性であるいや、女性には五障という障りがあると経典に書かれていることだから仏の前では女性は埒外だった29歳の親鸞は比叡山を下りた京の街の中の唯一の寺六角堂に籠った青年親鸞は法然を師として専修念仏・念仏往生の道を選んだもう一つ親鸞が決意したのが”女犯(にょぼん)”の道であるこの時代、既に僧侶の妻帯は珍しくなかった六角堂に籠った親鸞を夢で導いたのは救世観音(ぐぜかんのん)であっ...

  4. 救われるまでの心の移り変わりの告白 - 仏教フリーク

    救われるまでの心の移り変わりの告白

    三願転入の御文は非常に重要なお言葉です。それがこちらです。ここを以て、愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久しく万行・諸善の仮門を出でて、永く雙樹林下の往生を離れ、善本・徳本の真門に廻入して、偏に難思往生の心を発しき。然るに今特に方便の真門を出でて、選択の願海に転入し、速に難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す。果遂の誓、良に由有るかな。(教行信証化土巻)この三願転入は...

  5. 本願成就文から明らかにされた三大諍論 - 仏教フリーク

    本願成就文から明らかにされた三大諍論

    阿弥陀仏の本願を読んでも私たちにはわからない点が4つあります。1どうすれば助かるのかわからぬ2自力か他力かわからぬ3信心か念仏かわからぬ4若不生者の生れるの意味がわからぬその阿弥陀仏の本願を読んでわからないところをお釈迦さまが明らかにされたのが本願成就文です。その本願成就文から、親鸞聖人がこれらのことを明らかにされたイベントが、三大諍論です。それぞれどの諍論でしょうか。2自力か他力かわからぬ...

  6. 生きる意味と阿弥陀如来 - 仏教フリーク

    生きる意味と阿弥陀如来

    親鸞聖人が明らかにせられた生きる意味の答えは、揺るぎない確信で簡潔に述べられたのが教行信証の冒頭のお言葉です。人生の目的は、心の闇を破って絶対の幸福の身になることだと明らかなされています。人生の目的とは言いますが、本当は多生の目的です。多生永劫の目的です。人生の目的とは未来永劫の幸福の身になることでして、趣味や生きがいとは違います。人は暗く辛い人生を趣味や生きがいともってやっとやっと生きてい...

  7. 真実の仏教とは - 仏教フリーク

    真実の仏教とは

    仏教には七千余巻の膨大な一切経があります。一切経は分類整理されて、その中で唯一の真実は何か、現代までにすでに分かっています。これが真実と言えば、なんでそうなるのかと聞く人がいる。子供は何でも「何で何で」と聞きます。それを親鸞聖人がいろいろ聞く人のことを考えられ、こうだからですよと書かれているのが主著の『教行信証』6巻です。いろんな宗教を分類され、信ずべきものと捨てるべきものを教えられました。...

  8. 私たちを救う仏教の働き - 仏教フリーク

    私たちを救う仏教の働き

    浄土真宗を開かれた親鸞聖人は、私たちを救う仏教の働きをこのように教えられています。無礙の光明は無明の闇を破する慧日なり。(親鸞聖人)心の闇を破る働きが無明の闇。弥陀の光明は十万億土の彼方から、しかもあらゆる障害を貫いてぶち破る。どんな障害もものともせずに必ずぶち破る、これが無礙の光明。阿弥陀如来は、「必ず破って見せる。もしできなかったらこの弥陀は命を捨てましょう」とお約束されています。だから...

  9. 親戚の子供が多くて毎年お年玉約10万円なくなる - 仏教フリーク

    親戚の子供が多くて毎年お年玉約10万円なくなる

    『ひそかにおもんみれば、難思の弘誓は難度の海を度する大船、無礙の光明は無明の闇を破する慧日なり』(教行信証総序)これは、親鸞聖人の『教行信証』の総序の始めのお言葉です。難思の弘誓とは想像のできない不可思議の弥陀の本願のこと。難度海とは渡るに渡れない苦しい海と言うことでこの人生を言われています。この難度海。私たちの人生のことなんですね、難度海とは。苦しみの人生。そんなに人生苦しみでしょうろうか...

  10. おまかせの練習 ② - 内は空っぽ ・ 外はおまかせ

    おまかせの練習 ②

    「自分」がいないということがはっきりとわかると、「自分」がいるかのように考えたり、行動したりすることが不自然に感じられてきます。つまり、自分というものを作り上げてしまう「癖」が気になってきます。癖が気になると、癖を取らずにはいられないものです。そして癖が取れれば取れるほど、おまかせで生きていけるのです。だから、一度はっきりと「自分がいない」とわかるのは、とても重要なことです。これには、実際に...

  11. おまかせの練習 ① - 内は空っぽ ・ 外はおまかせ

    おまかせの練習 ①

    何が起こっても、起こったことについて、考え過ぎないでいること。何もしないこと。成り行きに任せ、自然に起こる行動に身をまかせること。そうすれば、苦悩はないということ。こんなことを書きました。言うは易しと言うやつで、以前に書いた「癖」が強烈なため、考え過ぎないというのは難しいのです。おまかせは簡単なようで、難しい。だから、考え過ぎになる前に、考えに強制ストップをかけちゃいます。そこで、まずは中耳...

  12. 苦悩 ⑤ - 内は空っぽ ・ 外はおまかせ

    苦悩 ⑤

    精神的な苦痛に対し、それから逃れようとしたり抵抗することが、苦痛を増す結果になると書きました。では、どうしたら良いのかというと、何もしない、というのが最善の策になります。つまり、肉体的な苦痛や不快感が起こるままに任せるということ。蚊に刺された痒いところをかきむしると、皮膚が傷付いて化膿してしまうけれど、痒いのをそのままにしておけば、そのうち痒みは自然とおさまります。イメージとしては、あんな感...

  13. 純粋な平太郎 - 仏教フリーク

    純粋な平太郎

    非常に早いスピードで飛んでいる飛行機。それは必ず墜落あるのみ。その一大事を一念で解決して下さる方は阿弥陀如来み。だから一向専念しなさいと言われる。その教えにしたがっていたのが平太郎でした。親鸞聖人から聞かせていただいていた。平太郎の場合は奥さんから反対されてましたね。でもそんなのには構うことなく一向専念無量寿仏に生きた人でした。それと非常に対照的なのが善鸞でした。善鸞は権力者にいじめられまし...

  14. 阿弥陀如来の本願の働きとは - 仏教フリーク

    阿弥陀如来の本願の働きとは

    阿弥陀如来の本願には無明の闇を破る力があります。親鸞聖人の御和讃に「無明の闇を破するゆえ、智慧光仏となづけたり」阿弥陀如来のことを智慧光仏とも名付ける。無明の闇を破る力があるから。そういう大きな力があるから、阿弥陀如来のことを智慧光仏とも言う。智恵というのは先を見通す力。囲碁でも将棋でも先を見通す力のある人が強い。人生の先を見通す力。後生どうなるかハッキリさせる力。死んだらどうなるかすかっと...

  15. 発生源 - 仏教フリーク

    発生源

    親鸞聖人は「詮ずる所、愚身が信心におきてはかくの如し」絶対に変わらない、弘誓の仏地にたっておられる。それが、他力の信心、真実の信心、正しい信心。だからその信心を明らかにされたものを「正信偈」といわれる。「あなた、この親鸞と同じ正しい信心になってください」これが正しい信心だが、ところが、そんな真実の信心を知らないが故に、間違った信心にはまってしまう人がいる。一体なぜ変な宗教にはまってしまうのか...

  16. なぜ人生の目的を果たすと喜びの心になるのか - 仏教フリーク

    なぜ人生の目的を果たすと喜びの心になるのか

    親鸞聖人は、29才で人生の目的を果たされて、大慶喜された。その喜びのお言葉。慶しきかな。心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。深く如来の矜哀を知りて、良に師教の恩厚を仰ぐ。慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し。(教行信証後序)どうしてそんなに大きな喜びを得る事ができたのか。それは、心を弘誓の仏地にたてたからだ。心をたてるとはどういうことか。信ずるたよりにするあて力にするということ。絶対に...

  17. 阿弥陀仏に救われた喜びの大きさ - 仏教フリーク

    阿弥陀仏に救われた喜びの大きさ

    阿弥陀如来に救われた喜びは恩徳讃の世界。如来大悲の恩徳は身を粉にしても足りない。師主知識の恩徳も骨を砕きても足りません。相済みにはなりません。信心には完成あるが、ご恩報謝には完成はない。死んでも終らない。50年や100年苦労したと言っても、まだまだ足らない。そんな程度の大恩でない、まだまだ。極楽浄土に行くが、すぐ戻ってくる。未来永劫恩徳讃。ご恩報謝には終わりが無い。その人が「青年」であるかど...

  18. 親鸞聖人の悩み - 仏教フリーク

    親鸞聖人の悩み

    浄土真宗を開かれた親鸞聖人が平太郎さんに誘われて、話をしにいったのですが、そのときにみんな田植えの時期で忙しくしていました。ある人は「食うもん食わんといきていかんだろう」といっていますが、仏法を聞かなければ、生きるために生きているのが私たちなのです。ですから親鸞聖人は、この田植えをしている人にも仏法を聞いてもらいたい、ということで田植え歌を歌われて、そしてその田植え歌についてお話されるのです...

  19. 親鸞聖人と善導大師はまったく反対? - 仏教フリーク

    親鸞聖人と善導大師はまったく反対?

    親鸞聖人は、善導大師を褒め称えて、「善導独明仏正意」といわれた。その親鸞聖人が善導大師のお言葉の意味をガラッとひっくり返された。善導大師は、外に賢善精進の相を現ぜよ。親鸞聖人は、外に賢善精進の相を現ずるな。そんな外側で良いことなんかするな。全く違います。なぜか。内に虚仮をいだけばなり。どうせ心でひどい事ばかり思っているではないか。外面だけよくしてどうするか。つまり三業で善をする事を廃された。...

  20. おまかせ - 内は空っぽ ・ 外はおまかせ

    おまかせ

    「おまかせ」ということばを聞くと、どのような印象を受けますか?何かに対する信頼感があるように、あるいは、少し無責任な感じに響くかもしれません。このブログは、 人生を人生におまかせして生きていけるかな? という疑問から立てた、 「うん。人生おまかせって、出来るかも」 という仮説を、(ちょっとずつ)証明していけたらと思って作りました。難しく考えずに、日常生活での体験から、いろいろな「おまかせ」の...

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