赤松則村(円心)のタグまとめ

赤松則村(円心)」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには赤松則村(円心)に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「赤松則村(円心)」タグの記事(8)

  1. 太平記を歩く。その156「淡河城跡」神戸市北区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その156「淡河城跡」神戸市北区

    前稿で紹介した石峯寺から4kmほど西に、淡河城跡があります。難読ですが、淡河(おうご)と読みます。 ここは、播磨一帯の豪族であった北条時房の孫にあたる淡河時治の城と伝わります。淡河氏は暦応2年(1339年)に赤松則村(円心)・則祐父子と南朝方のあいだで争われた石峯寺・三津田の戦いにおいて、南朝方に与して破れ、ここ淡河城は赤松氏の拠点となりました。 丹生山城、石峯寺城、そしてここ淡河城と、この...

  2. 太平記を歩く。その82「大嶋城跡」兵庫県相生市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その82「大嶋城跡」兵庫県相生市

    「その72」で紹介した白旗城から南東7kmほど下った相生湾の入江にある大嶋城跡を訪れました。ここも、赤松則村(円心)に関係する城です。 写真に写るおわん型の山が、大嶋城跡と伝わる大島山です。かつて大島山は蝦江(相生湾)に浮かぶ離れ島だったそうで、長治元年(1104年)、播磨国の海老名家季がここに城郭を築いたのがはじまりといわれています。海老名氏は、代々矢野荘別名の下司職、矢野荘例名の地頭職等...

  3. 太平記を歩く。その80「高田城跡」兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その80「高田城跡」兵庫県赤穂郡上郡町

    「その72」で紹介した白旗城から直線距離にして南へ約5km、駒山城から東へ約5km、苔縄城から南東に6kmほどのところに、高田城跡があります。写真中央にそびえる標高359mの山頂が、高田城だったとされています。 時系列から少し逆戻りしますが、ここは元弘3年(1333年)に苔縄城にて赤松則村(円心)が幕府打倒の兵を挙げたとき、東進する赤松軍によって攻め落とされたと伝えられます。 『太平記』によ...

  4. 太平記を歩く。その79「宝林寺(円心館)」兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その79「宝林寺(円心館)」兵庫県赤穂郡上郡町

    松雲寺や赤松居館跡がある赤松から千種川を挟んだ西側の河野原に、宝林寺という寺院があるのですが、ここは、赤松則村(円心)の三男・赤松則祐が、円心の死後、播磨国守護・惣領家を継いだときに建てたといわれています。 もともと宝林寺は円心の生前から、則祐の自領だった備前国新田荘中山に創建されていましたが、惣領を継いだ後の文和4年(1355年)にこの地へ移されたとつたわります。その後、赤松惣領家の氏寺と...

  5. 太平記を歩く。その58「書寫山圓教寺」兵庫県姫路市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その58「書寫山圓教寺」兵庫県姫路市

    兵庫県姫路にある、西の比叡山と称される天台宗の古寺「書寫山圓教寺」を訪れました。書写山は、姫路市の北部にある標高370mの山で、圓教寺はその山上にあります。 大塔宮護良親王や楠木正成、さらには播磨国の赤松則村(円心)らが各地で倒幕の兵を上げると、その機に乗じて後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)は名和長年ら名和一族を頼って隠岐島から脱出し、伯耆船上山で挙兵します。やがて六波羅陥落の知らせ...

  6. 太平記を歩く。その30「赤松城跡(神戸大学キャンパス内)」神戸市灘区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その30「赤松城跡(神戸大学キャンパス内...

    神戸市灘区の山の手にある国立神戸大学のキャンパスが、赤松則村(円心)の建てた「赤松城」だったという伝承があります。 『太平記』によると、円心は大塔宮護良親王の令旨を持って都から帰った子・赤松則祐の勧めで、一族に奮起を促し、「当国赤松城に馳せ参ぜしむべし」と伝えたといわれますが、その赤松城というのが、ここ神戸大学の敷地だったとの説です。 明治41年(1908年)の発掘調査で遺構や石垣跡が発見さ...

  7. 太平記を歩く。その29「摩耶山城跡」神戸市北区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その29「摩耶山城跡」神戸市北区

    神戸市に横たわる六甲山脈のなかで、六甲山の次に標高の高い摩耶山上に、かつて摩耶山城がありました。ここは、元弘3年(1333年)に播磨国の守護大名、赤松則村(円心)によって築かれた城です。 城跡には徒歩でも登れますが、登山に慣れないわたしは摩耶ケーブルで登ります。 摩耶ケーブルの終点「虹の駅」のある一帯が東の曲輪群だそうです。虹の駅からの眺望。神戸港から大阪湾が一望できます。空気が澄んでいたら...

  8. 太平記を歩く。その11「杉坂峠関所跡」兵庫県佐用郡佐用町と岡山県美作市の境 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その11「杉坂峠関所跡」兵庫県佐用郡佐用...

    兵庫県佐用郡佐用町と岡山県美作市の県境にある杉坂峠を訪れました。ここは、旧令制国における播磨国と美作国の国境にあった関所跡です。 元弘2年(1332年)、元弘の乱に敗れて隠岐に配流される途中の後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)を、備前国の武士、児島高徳が奪回すべく立ち上がり、前稿で紹介した船坂峠で待ち伏せますが、天皇護送団一行の移動ルートを見誤り、計画は失敗に終わります。その後、天皇一...

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