近藤勇のタグまとめ

近藤勇」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには近藤勇に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「近藤勇」タグの記事(9)

  1. 三毛猫ひかちゃん-83- - 殿様の試写室

    三毛猫ひかちゃん-83-

    三毛猫ひかちゃん-83- あたし、ひかちゃん。あたし、今日も不機嫌なの。あたしを写すなら、ちゃんとテーブルの上をきれいにしなさいよねっ。 すがも桜並木通り4月6日それをな~に?掃除もしないで、巣鴨ですって。巣鴨っておばあちゃんの原宿でしょ?ま、あの人は150歳で充分おばあちゃんだけど。これが有名なとげ抜き地蔵ね。飼い主が言うには昔テレビで観た時には皆たわしで洗っていたのに、今は掌で洗ってたよ...

  2. 裏磐梯五色沼と鶴ヶ城と近藤勇の墓 - Turfに魅せられて・・・(写真紀行)

    裏磐梯五色沼と鶴ヶ城と近藤勇の墓

    あかんです。二日目も雨。ダメもとで昨日行った中津川渓谷のすぐ東、2016年6月(ブログアップ)に探勝した五色沼へ。激しい風雨、松原湖の観光起点ですが、人影もありません。しばらく待機し、ビジターセンターから毘沙門沼へ。光もなく湖面の色もない。五色沼ならぬ無色沼。これには初めての相棒もガッククリクリ。みどろ沼まで来ると色が写りました。色合い随一の弁天沼は、何とか五色沼の面目を見せてくれました。紅...

  3. 幕末京都逍遥その147「伏見奉行所跡」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その147「伏見奉行所跡」

    「その146」で紹介した御香宮神社から200mほど南下したところに、かつて伏見奉行所がありました。現在、その跡地には石碑が建てられ、往時を思わせる塀が演出されています。 慶応3年12月9日(1868年1月3日)に王政復古の大号令が下されると、4日後の12月13日に会津藩の命を受けた新選組は、伏見方面の治安維持の名目で伏見奉行所へ駐屯することとなります。そして16日には、近藤勇を隊長に総勢15...

  4. 幕末京都逍遥その109「新選組不動堂村屯所跡~不動堂明王院」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その109「新選組不動堂村屯所跡~不動堂明王院」

    西本願寺の屯所を出た(追い出された?)新選組は、西本願寺から500mほど南の不動堂村に移転します。現在、リーガロイヤルホテル京都の敷地内には、その跡地を示す石碑と説明板があります。 石碑には、新選組のシンボルである「誠」の文字と、「事あらばわれも都の村人となりてやすめん皇御心」という近藤勇の歌が刻まれています。 慶応3年6月10日(1867年7月11日)、新選組はこれまでの働きが認められて、...

  5. 幕末京都逍遥その102「壬生寺(壬生塚)」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その102「壬生寺(壬生塚)」

    前々稿で紹介した八木邸のすぐ南に壬生寺というお寺があるのですが、その境内に、新選組の隊士を祀る壬生塚があります。 壬生寺は正暦2年(991年)、園城寺(三井寺)の僧・快賢が創建したと伝わります。ご本尊に延命地蔵菩薩像(重要文化財)が安置されているほか、水掛け地蔵や夜啼き地蔵など、多くのお地蔵様をおまつりしていることから、「お地蔵さんの寺」として知られています。 ここが壬生塚の入口です。参拝料...

  6. 幕末京都逍遥その100「八木邸跡(新撰組壬生屯所跡)」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その100「八木邸跡(新撰組壬生屯所跡)」

    二条城から1kmほど南下した洛西の壬生地区にやってきました。壬生といえば、やはり新選組ですね。そこで最初に訪れたのは、新選組の最初の屯所となった壬生村の郷士・八木源之丞の屋敷跡です。 文久3年(1863年)春、第14代将軍・徳川家茂の警護のために清河八郎率いる浪士組が上洛しますが、その宿舎のひとつとして使われたのがここ八木家の屋敷でした。清河ら浪士組のほとんどは、在京20日余りで再び江戸に戻...

  7. 幕末京都逍遥その99「妙蓮寺(禁門の変時の刀傷)」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その99「妙蓮寺(禁門の変時の刀傷)」

    前稿で紹介した浄福寺から1kmほど北上したところにある妙蓮寺にも、幕末の刀傷が残されています。 妙蓮寺は鎌倉時代の僧・日像によって創建された寺院で、全盛期には1km四方の境内に27ヶ院を有する大寺院でしたが、天明8年(1788年)の天明の大火災によってそのほとんどが焼失し、山門と鐘楼を残すのみとなりました。その後、寛政元年(1789)より復興して今日に至ります。 鐘楼と本堂です。 本堂です。...

  8. 幕末京都逍遥その37「三条大橋擬宝珠の刀傷」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その37「三条大橋擬宝珠の刀傷」

    池田屋跡から西へ200mほどいったところにある三条大橋の擬宝珠に、池田屋事件の際についた刀傷が残っていると知り、やってきました。 鴨川に架かる橋は五条大橋や四条大橋などたくさんありますが、その中でも特に人通りが多い橋が三条大橋で、この日も多くの観光客や買い物客で賑わっていました。 刀傷があるとされる擬宝珠は、西から2つめにあります。 これがその刀傷。斜めに2本の傷があります。まあ、刀傷として...

  9. 幕末京都逍遥その36「池田屋跡」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その36「池田屋跡」

    木屋町通りと河原町通りの間の三条通り沿いに、「池田屋騒動之址」と刻まれた石碑があります。説明するまでもないと思いますが、「池田屋騒動」とは、元治元年6月5日(1864年7月8日)夜、在洛の長州、土州など諸藩の尊王攘夷派志士たちが謀議中に新撰組に急襲され、乱闘のすえ多くの志士が落命した事件です。「池田屋事件」「池田屋の変」ともいいますね。その舞台となった旅館・池田屋があったこの地には、現在、「...

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