過去へ遡るのタグまとめ

過去へ遡る」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには過去へ遡るに関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「過去へ遡る」タグの記事(11)

  1. ビックコミックスピリッツ - 『文化』を勝手に語る

    ビックコミックスピリッツ

    小学館月2回のコミック誌ビックコミックが1968年創刊、ビックコミックオリジナルが1972年、そしてビックコミックスピリッツが1980年。前2誌は通勤の電車の中で愛読していたけど、ちょうど北海道にUターンする前後したころ、3誌目のスピリッツが創刊された。前2誌に劣らず創刊時の作家たちは、強力布陣だったと記憶している。その面白さは、時には前2誌を凌ぐものでもあった。たくさん発行されているこのあ...

  2. 再録 / 写真展 in 『結ホール』2008 - 『文化』を勝手に語る

    再録 / 写真展 in 『結ホール』2008

    『結ホール』のオープンが2006年、これまでいろいろなイベントを行ってきた。これもそのひとつ。MADOKA TAKAGI 写真展/2008/10/5(日)〜10/12(日)再録1その2(このページを旧サイトのニュース&トピックスから見つけ出した)***彼女の兄貴とは北海寮で一時期同室だった。そんな縁だった。高校生だった彼女が写真を始めたのは、兄貴からぼくという流れの影響もあったのではと思う。...

  3. 和田誠その2 - 『文化』を勝手に語る

    和田誠その2

    今日も『ユリイカ』和田誠特集を、家でずっと読みふけっていた。90%ほどの大部分が特集に割かれた読み物になっていて、しかもそれら全てが読み応えのある面白い内容で、だからいまだ読み切れていない。その特集外の最初の論考にこんなことが書かれてあった。おもしろかったので、まずそれを載せておいて・・***再び和田誠に戻る・・特集を読んでいるとどうしても和田誠百貨店を読み返すようになる。その中に楽譜が出て...

  4. 和田誠の死 - 『文化』を勝手に語る

    和田誠の死

    去年2019年10月亡くなった和田誠が、『ユリイカ』1月号で特集になっていた。ということを、アマゾンの売り込みメールで知って、さっそく注文した。(特集松浦武四郎を買ってから)ぼくの20代を楽しくしてくれた欠かすことのできないひとりで、その活躍が今まで現在進行中だったというが驚異だった。(実際は83才で死去する少し前から仕事はしなくなっていたらしい)東京で電車通勤時代は、車内でよく週刊文春もよ...

  5. 過去へ遡る、1980〜1981年横浜2 - 『文化』を勝手に語る

    過去へ遡る、1980〜1981年横浜2

    横浜時代は、年齢も経歴もまちまちな個性豊かな同僚たちと楽しく仕事をした。その中で印象に残る仕事はふたつ、ひとつは馬車道通りのビルのパブ、もう一つは横浜西口のビルの1階の物販店。前者は金属を多用したもの、後者は木の多用。スリットの照明(ジグザグに折り込んだ鏡面ステンレス板の山をカット、中に照明を仕込む)前にステンレス鏡面仕上げのピカピカ看板カウンターもカガミやステンレス、ワイングラス下げの金物...

  6. 過去へ遡る、1982年岩見沢事務所 - 『文化』を勝手に語る

    過去へ遡る、1982年岩見沢事務所

    Uターンしてきて療養中の社長だった父に最初に言われた言葉、「お前の仕事は先ず、資格をを取ることだ」を実践する。東京横浜でのめまぐるしい生活とはかけ離れたゆったり流れる時間の中で、失業保険をもらいながら受験勉強に励む。学科さえ通れば製図はまあ自信があったので、運良く合格する。NO.162652、手書き時代確認申請書に書き続けた番号なので、いまだにすっと出てくる。そして最初に確認申請図を描いた。...

  7. 過去へ遡る、1980〜1981年横浜1 - 『文化』を勝手に語る

    過去へ遡る、1980〜1981年横浜1

    桑沢デザイン研究所を出て1年ほど教授の市瀬さんの所にやっかいになっていたあと、横浜のショップデザインを設計施工する会社に入った。1年半ほど高田馬場から横浜桜木町へ通った。当時の市長は飛鳥田一男、歴史のある街で東京とは違うという、市民には確固たる誇りが感じられた。店作りなので街の中をまるで地元民のような顔で、車で走り回っていた。桜木町のまだ新しいビル(樹木希林がオーナーという噂だった)が社屋で...

  8. 過去へ遡る、設計課題2「都市住宅」 - 『文化』を勝手に語る

    過去へ遡る、設計課題2「都市住宅」

    当時安藤忠雄の『住吉の長屋』(1976)が業界では話題だった。1979年に建築学会賞も受賞している。その記念だったか、講演も聴きに行っている。学生たちにも人気があったと思う。ぼくも影響を受けた。桑沢デザイン研究所で、どう見ても住吉の長屋を連想させるような課題が出たのは、そんな時だった。間口3間の3階建て。奥行きは図面からみると、9.5間くらいか・・構造はまさにRC壁式。家族構成は子供ふたりの...

  9. 過去へ遡る『WITH ALICE IN 150㎥ HOUSE』 - 『文化』を勝手に語る

    過去へ遡る『WITH ALICE IN 150㎥ HO...

    桑沢デザイン研究所の設計課題で『150㎥の容積に納まる家』というのがあった。今から40年近く前の話である。面積じゃなく空間のヴォリュームが規定されているというのが、ミソである。だから小さい子供だったら、容積は少なくていい。それでルイスキャロルがアリスと住まう家を想像してみた。アリス空間のセクションベッドは卵型ルイスキャロル空間のセクションこのスケールのズレが融合していくエスキスも出てきた。最...

  10. 過去へ遡る、1970年代・その2 - 『文化』を勝手に語る

    過去へ遡る、1970年代・その2

    1970年代はぼくの20代で、東京での学生時代と成り立ての社会人時代が、大半になる。大学を出て就職せず、親に援助を仰ぎながら生活費をバイトで稼ぎ、夜の授業の桑沢デザイン研究所に通った。桑沢デザイン研究所は、桑沢洋子がドイツのバウハウスに刺激されて、日本でもと、立ち上げた学校だ。その建築部門を任されたのが清家清で、ぼくの頃は彼の教え子ふたりが、専任の教授陣でいた。ともに清家さんの実働部隊として...

  11. 過去へ遡る、1970年代 - 『文化』を勝手に語る

    過去へ遡る、1970年代

    東京での通学や通勤には、どちらもけっこう電車に揺られた。そんなこともあってか、週刊雑誌や週刊コミックはよく購入して、車内で読むのが習慣になっていた。週刊朝日か週刊文春だったろうか、秀逸な広告が連続してページを創っていた。開高健がまだいたのかどうかわからなかったけど、コピーライトも冴えていた。そんな切り抜きが、資料室から出てきた。見開き2ページのサントリーオールドの広告、なんと写真はアヴェドン...

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