阪神淡路大震災のタグまとめ

阪神淡路大震災」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには阪神淡路大震災に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「阪神淡路大震災」タグの記事(32)

  1. あの日から………24年 - SPORTS 憲法  政治

    あの日から………24年

    6434人の命を奪い、住宅約25万棟が全半壊した阪神・淡路大震災から17日で24年になる。17日は早朝から各地で追悼行事があり、街は祈りに包まれる。特集阪神大震災24年神戸市中央区の東遊園地では「1・17のつどい」が開かれる。午前5時から「1995つなぐ1・17」の形に並べた竹灯籠(どうろう)に火をともし、地震発生時刻の午前5時46分に犠牲者を悼んで黙禱(もくとう)する。今年は初めて東京都千...

  2. ドラマ:BRIDGE - 新・土佐日記

    ドラマ:BRIDGE

    最近注目の俳優、井浦新。阪神大震災復興を描いたテレビドラマ[BRIDGE」。なかなか良かった。実話が元になっているということだが、井浦演じる現場監督の文学好き(本読み)生真面目キャラクターで、緊張感に包まれた現場がうまい具合に動いていく。「諦めたらそこで試合終了ですよ」と、『スラムダンク』の安西先生の言葉が飛び出す。そうか、安西先生の言葉も、阪神大震災も、もう20年前のことなのだった。1月1...

  3. 1月17日♪ - Lovely Poodle

    1月17日♪

    1995年平成7年1月17日忘れもしない阪神淡路大震災が起きた日。大地震は絶対神戸で起きない!なんて勝手に思い込んでいました。災害に絶対なんてないんですね。今でも1月17日がやって来ると、あの日の長い一日を思い出します。一家全員がインフルエンザにかかっていた最中の中の避難!半壊状態の実家の両親が心配でたまらなかった!今や日本中何処に起きても不思議ではない大地震。今更ですが、復興の為に身を削っ...

  4. ドラマ・BRIDGE はじまりは19951.17神戸 - のんびりいこうやぁ 2

    ドラマ・BRIDGE はじまりは19951.17神戸

    昨夜放送された、BRIDGE はじまりは1995.1.17 神戸阪神淡路大震災で崩落し、復旧に2年かかるといわれたJR六甲道駅をわずか74日間で復旧させた実話を元につくられたドラマ。ビデオで録画していた復旧工事の様子や当時の映像を織り交ぜながらのドラマで、余震に怯えながらも24時間工事を続け、74日で復旧させてみせた技術者達の戦いや葛藤、町の人達とのやりとりを描いている。どれだけの苦労があっ...

  5. ハサミ状の較差中井久夫「いじめの政治学」 - 梟通信~ホンの戯言

    ハサミ状の較差中井久夫「いじめの政治学」

    夜来の雨が上がって秋晴れらしい爽やかさ、といいたいところだが、ムシムシ、じっとしていてもTシャツの背中が張り付く。図書館の返還期限をチエックしたら、あす返さなければならない、中井久夫「いじめの政治学」。表題の論文のほかにも、「一九九六年一月・神戸」「ロールシャッハ・カードの美学と流れ」」「「記憶について」「『創造と癒し序説』-創作の生理学に向けて」「私の歩んだ道」など30編のエッセイや小論文...

  6. 胸が痛い、平成7年 - 月の旅人~美月ココの徒然日記~

    胸が痛い、平成7年

    ちょっと独り言です。地下鉄サリン事件があったのが平成7年。あの頃、大きな事件が多すぎて頭がごちゃ混ぜになってましたが、平成7年、1月には阪神淡路大震災があり、3月20日には地下鉄サリン事件がありました。当時、神戸に父方の親戚がいたため、一大事でした。そして、3月20日の地下鉄サリン事件では、私がその時刻に地下鉄にに乗っていたため、やはり父が大変心配していたのを覚えています。その父は、4月3日...

  7. 大阪北部地震 - 食欲・衣欲・音欲。。。『欲・欲・欲 三昧』

    大阪北部地震

    2018年6月18日午前7時58分。グラグラっと大地が揺れた。保育園に行く段取りをしていた我が娘を呼び寄せ抱きしめた。それしか出来なかった。娘は、少し、ナーバスになった。そりゃ、そうだわな。そして、1995年1月17日の阪神淡路大震災を思い出した。僕自身、京都の雑居ビルの一階でバーテンダーで働いていた。無茶苦茶、揺れた。帰宅して、テレビを観たらどえらいことやった。その後、高校時代の親友が元町...

  8.  - 写真家藤居正明の東京漫歩景

    3,11東日本大震災から7年、まだまだ記憶に新しい。3,10東京大空襲から73年、古くとも忘れられない記憶だし戦後の復興期のことを今も断片的に思い出す。阪神淡路大震災も取材で歩いた。あの時の情景も鮮明に覚えている。東北のあの海も何度歩いたことか。漁師さんの顔を一人ひとり思い出す。一歩間違えれば自分もどうなっていたか。長く生きていると、色々な現実と記憶が心の奥底に溜まり折り重なってゆく。

  9. 311に想う - SEのための心理相談室

    311に想う

    「どこが最大の被災地か?」と聞かれたらどこだと答えますか?わたしは災害の記憶の風化が悪いことだとは思いません。ただ、得られた教訓からの対策の立案と遂行状況の現状認識と将来の見通しはしっかりされるべきだと思います。(ただし、原発だけは、未来への影響が大きすぎるので話が別です。)実際、現実の問題として各々の被災地では、過去の三陸津波などの教訓は全く生かされていませんし(ゆえに今回の被災につながっ...

  10. 阪神淡路大震災から23年現場からの電話 - 線路マニアでアコースティックなギタリスト竹内いちろ@三重/四日市

    阪神淡路大震災から23年現場からの電話

    23年前朝から東京へ行く用事があり早起きして準備していたところ大きな揺れがあり食器棚が開いて皿が落ちて割れた。阪神淡路大震災の日である。いつもよりちょっと揺れたなという感覚.駅へ行くと近鉄電車は不通になっておりタクシーで京都駅へ。途中何度も揺れながら京都駅に到着、新幹線も不通に。やむなく自宅へ引き返し東京に連絡しテレビをつけるとそこには信じられない光景が映し出されていた。神戸がえらい事になっ...

  11. 阪神淡路大震災から23年 - 流れる雲のように

    阪神淡路大震災から23年

    阪神淡路大震災から23年。朝のテレビのニュースで流れていた映像は、何処の国の出来事なのかと最初に思った。その後、神戸だとわかり、建築物や土木構造物が崩壊している現実が受け入れられなかった。建築物は地震力などの外力を受けて壊れてしまうのは、致し方がない。しかしながら、崩壊してはならない。壊れても崩壊せずに、その建築物の中にいる人の命を守らねばならない。最終的にはシェルターの役割を担う責務を背負...

  12. 1995年と云う年 - HCC コミュニティ ひろば

    1995年と云う年

    23年前の1月17日は、私の中にあった価値観を一つ大きく変えた日として、あれからずっと、今日も今も私の生き方を動かし続けている。あの日の夜明け前、4階の寝室にいた私は大きな揺れで飛び起きた。毎日を当たり前のように過ごして来た私の中で、その時から何かが確実に動き始めた。被災地に物資を送り、陸路の困難な中、仲間たちと現地入りした。現地で触れたその時の感覚は、今でも体中の細胞が記憶している。その頃...

  13. 23年前の痕跡 - 大屋地爵士のJAZZYな生活

    23年前の痕跡

    23年前の朝、大地が揺れた。1995年(平成7年)「阪神淡路大震災」である。今住んでいる団地に移って2年目のことであった。幸いなことに、冷蔵庫やタンス、本棚が動く程度で、被害はほとんどなかったが、インフラが完全に回復するのに1ヶ月近くかかった。次の休みの日、冷やかしや見物と思われはしないかと、だいぶ迷ったが、阪急電車が動いていた西宮まで子供達を連れ、その惨状を目に焼付けに行った。すぐ近くの市...

  14. あの日から23年 - (=^・^=)の部屋 写真館

    あの日から23年

    もう23年。あの朝、わたしは「神戸でなにかあったらしい」というTVの一報を目にしました。画面に映っているのは、まだ暗い街らしき様相とコンクリートの電柱が傾いている映像でした。え?え?何が起こったの?まだ心の丈夫だったわたしはそれから三日間、TVを見続けました。信じられない光景が次々と映し出されます。倒壊した高速道路。煙のあがる長田町。おんおん空を埋め尽くすような報道のヘリ。やめてくれ。あの下...

  15. 2018年最初の新月 - モデラートカンタービレ 大阪 タロット 数秘術 カラールネーション ヒプノセラピー 西洋占星術

    2018年最初の新月

    ★モデカンHP、MAYA日記はこちら・・・ http://modecan.on.omisenomikata.jp/新年になって初めての、山羊座の新月を迎えました。夕刻にはゆっくりと山羊座から水瓶座に移行してゆきます。阪神淡路大震災から23年。あの日、私は、単身、鹿児島のとある宿に泊まっていました。屋久島に暮らしていた頃です。長く患っていた右手首がとうとう動かなくなって、病院へ障害者手帳の交...

  16. 8401日の祈り - 京都ときどき沖縄ところにより気まぐれ

    8401日の祈り

    合掌23年経ちました皆さまの復興への力には頭が下がる思いですそれでもまだ完全に復興したとは言えないのです忘れないですよこれからもずっと神戸・淡路を応援しますあまり知られていない事実「県の復興借金いまだ4386億円重い地元負担」この時も東日本大震災の時もその時担っていた政権の対応は非常に残念でならないですOKINAHOURSいつだって島は、ゆったり時間チーム美らサンゴTEAM TYURA SA...

  17. 明日で23年 - g's style day by day ー京都嵐山から、季節を楽しむ日々をお届けしますー

    明日で23年

    今日は、昨日とは打って変わって、春のような陽気でしたね。花が少ないこの時期に嬉しい水仙。冬の花ですが、水仙を見ると「あ〜もうすぐ春!」と感じます。色々な生け方が楽しめるお花ですが、今日は、清々しく一輪。ほのかなやさしい香りも好きです。明日で、阪神淡路大震災から23年とのこと。鎮魂の気持で生けるお花は、確か昨年も水仙を選びました。時期的な事もあるのでしょうが、無意識に何故か水仙を選んでしまいま...

  18. 阪神淡路大震災23年 - 熊本幸夫のブログ「退屈夜話」

    阪神淡路大震災23年

    土砂に埋まって/さいごまで/指と指しかふれられなくて/息子は/ありがとうと言いました/この春大学卒業だった被災して重傷を負われながら詠まれた神戸在住の詩人車木蓉子さんの詩が、今日1月16日読売新聞夕刊のコラム「よみうり寸評」にあった。あの日。ぼくは2階に寝ていて家内とふたり外に放り出された。表に回り1階の雨戸をこじ開け、引き戸の磨りガラスを肘で破り、長女を引っ張り出した。その部屋のベッドから...

  19. 阪神淡路大震災から明日で23年 - 広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)

    阪神淡路大震災から明日で23年

    明日1月17日は阪神淡路大震災から23年です。改めて犠牲になられた皆様に心から哀悼の誠を捧げます。そして、この震災の教訓は今日にも生きるものであり、今後とも活かしていかねばならないと思います。母から息子へ。神戸と東北で震災の経験や悩みを共有し出来ることをする活動が受け継がれていきます。(母)「以降、少人数での女子会を毎年開催し、昨年で5回を数えた。衣食住の支援は一区切りしたが、精神面のサポー...

  20. 記憶の中で - アンティーク 日々の暮らしを楽しむ

    記憶の中で

    使い終わって、残り香がほのかに残っている古い香水瓶・・・♪その小瓶の意匠に魅せられてその小瓶を追い求めていた30代からの懐かしい日々・・その時々の風景が私の記憶の中にとどまっていました。それが、あの阪神淡路大震災に遭いそれどころではなくなった心の変化。とは言え、幾つになってもやっぱり好きなものは好きですね・・(^^♪今日は心に残るラリックの香水瓶をUPしたいと思います。中身はウイスキーです(...

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