阿弥陀如来のタグまとめ

阿弥陀如来」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには阿弥陀如来に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「阿弥陀如来」タグの記事(30)

  1. 絶対の幸福になるための条件 - 仏教フリーク

    絶対の幸福になるための条件

    五重の義というのは、5つのものがそろわなければ往生はできない、救われないという教えです。その5つの中では宿善が最初ですが、宿善とは、過去世の善です。しかしそれは過去世で決まっているという運命論ではありません。今生に宿善が厚くなるように求めればいいのです。また、阿弥陀如来の救いは、ただじゃ、そのままじゃ、無条件じゃこれも間違いではありません。108の煩悩そのままで助けるという本願です。10トン...

  2. 救われたら効率が悪かったと後悔する? - 仏教フリーク

    救われたら効率が悪かったと後悔する?

    絶対の幸福に救われたらどうなるかというと、親鸞聖人は、 「遠く宿縁を慶べ」といわれています。宿縁というのは、仏縁のことです。果てしない遠い過去から、どれだけ阿弥陀如来が私を救おうとご苦労してこられたのか感謝せずにおれない、ということです。すべては阿弥陀如来のご方便と、順逆共に喜べます。あんなことをしたのは無駄だったと後悔することはありません。苦労のすべてが報われますから、後悔は出てきません。...

  3. 浄土真宗の三業惑乱の大問題 - 仏教フリーク

    浄土真宗の三業惑乱の大問題

    江戸時代、浄土真宗で三業惑乱という事件が起きました。これは、十劫安心という異安心に対する反動です。十劫安心というのは、阿弥陀如来が仏のさとりを開かれた時点で私たちは助かってしまっているのだから、今さら聞く必要もないとか、助かっていることに気づいたのが信心だというものです。その間違いを破るために、帰命の一念がなければならないと強調しました。ところが、浄土真宗の教えの理解の程度が低かったために、...

  4. 阿弥陀如来と珈琲と夏目漱石 - ズームでバッチリ

    阿弥陀如来と珈琲と夏目漱石

    11月になり、紅葉の綺麗な季節となりました。先週は撮影の仕事が、2日続きましたので、肩こりと、太ももの筋肉痛に悩まされてましたが、なんとか休み中に体力も回復。そして、先日、公募展に応募していた作品も戻ってきました。落選して帰ってきたのですが、それでも、友達とちまちま制作したので、なんだか愛おしいです。じゃ〜ん!阿弥陀如来と猫が合体した紙で制作した作品です。高木ブーさんに似てる?いや、知り合い...

  5. 大日如来が阿弥陀如来の本願を説かれている…… - 仏教フリーク

    大日如来が阿弥陀如来の本願を説かれている……

    地球上で三大聖人、二大聖人と言われてもトップのブッダ。そのブッダが頭を下げられる方が阿弥陀如来です。阿弥陀如来一つへ、向かえと言われています。私の力では助けられない、だから阿弥陀如来の方へ行け。このブッダ45年間の教えの説法の結論です。このように説かれています。一向専念 無量寿仏(大無量寿経)一切経7000余巻が、この8文字におさまります。これを教えて行かれたのがブッダです。ブッダは阿弥陀如...

  6. 悪しか思わないことを教えられた仏教の言葉 - 仏教フリーク

    悪しか思わないことを教えられた仏教の言葉

    心で常に悪を思い続けていることを教えられた善導大師のお言葉があります。一人一日のうちに八億四千の憶いあり、念々になすところこれみな三塗の業なり。これは善導大師が己の本当の姿が阿弥陀如来の無碍光に照らし出されて知らされた姿です。これは善導大師のみならず、私達すべての姿です。古今東西すべての人の心常念悪の姿です。私たちこれがなかなか信じられませんが絶対の幸福になる瞬間に知らされることです。一人が...

  7. 2種類の疑い - 仏教フリーク

    2種類の疑い

    六大煩悩の中に、疑がありますが、注意して貰いたいのは仏教には、なくなる疑いとなくならない疑いがあるということです。信心決定してもなくならない疑いを疑煩悩といいます。信心決定してなくなる疑いは疑情と言います。疑いと言っても疑煩悩と疑情があります。私達は信心決定してなくなる疑いは疑情と言われるもので阿弥陀如来の本願を疑っている心、つまり心の闇です。同じ疑いでも疑煩悩と言われる疑い。人やものを疑っ...

  8. 仏の任務とは? - 仏教フリーク

    仏の任務とは?

    ブッダはどうして仏のさとりを開けたのか、このように説かれています。「三世諸仏念弥陀三昧成等正覚」(楞伽経)念弥陀三昧とは一向専念無量寿仏と同じ意味です。等正覚とは元来51段目の意味ですが、この楞伽経のお言葉だけは別でここでは仏のさとりのことです。三世の諸仏も阿弥陀如来のお力で成仏しました。だから、三世の諸仏も釈迦仏も阿弥陀如来のことを師匠と言われています。弟子である釈尊は師匠である阿阿弥陀如...

  9. 生きる目的と因果の道理 - 仏教フリーク

    生きる目的と因果の道理

    因果の道理と阿弥陀如来の本願はどういう関係があるのでしょうか。親鸞聖人は阿弥陀仏の本願を難度海を明るく楽しく渡す大船といわれています。その難思の弘誓に乗せて頂くにはどうしたらいいのか、お釈迦さまが導くために説かれたのが因果の道理です。親鸞聖人がここに、本当に安心満足できる大きな船があるぞ、と叫んでおられます。私達は大船がみえずに、丸太や板切れを求めて苦しんでいます。私達の生きる目的、出世の本...

  10. 真如の月が見てござる - 仏教フリーク

    真如の月が見てござる

    「あざむくな真如の月が見てござる」という歌があります。仏様は見聞知といわれます。見ておるぞ、聞いておるぞ、知っておるぞ、と私たちの種まきすべてお見通しであるということです。とかく私たちは、人のみている前では、うわべをとりつくろいがちです。私自身もそうですから、よく分かります。しかし、どれだけ人前でそのように取り繕ったとしても、仏様の目はごまかせないのです。家で一人いるとき、どうしているでしょ...

  11. 阿弥陀仏の本願を建てられた目的 - 仏教フリーク

    阿弥陀仏の本願を建てられた目的

    阿弥陀如来は48のお約束をなされています。これを阿弥陀仏の四十八願といいます。その中でも、18願が阿弥陀仏の本心です。たとえていえば、18願は、阿弥陀仏はどんな世界に導くのかという目的です。ねらい、本心をまず言われたのです。これを誓われたのが18願です。そしてどのようにして救おうかと19・20願を建てられたのです。阿弥陀仏が遠大無類の計画を立てられました。2階に上ってきれいな景色を見させる、...

  12. 阿弥陀如来の力による団結 - 仏教フリーク

    阿弥陀如来の力による団結

    金や物での団結は、使ったり食べたりしてしまえば、それで終わりです。世間の欲望、名利、そういう団結はそういうものです。目的を果たしたらバラバラになります。仏教の団結は、世間で言われる団結とはけたが違います。ひとえに阿弥陀如来の本願力によります。人間のつまらぬ技術的なことではありません。阿弥陀如来の力によっての団結であり、人間の力ではありません。どこまでいっても、一向専念無量寿仏の信一つです。使...

  13. 智慧と慈悲とに導かれ - 仏教フリーク

    智慧と慈悲とに導かれ

    本年も智慧と慈悲とに導かれ法灯かかげみてらん火をも昨年もそうですが、私たちは阿弥陀如来の智慧と慈悲に導かれて。その阿弥陀如来の御心を知らせていただきます。智恵と慈悲に導かれてです。智慧と慈悲が渾然一体となったのが南無阿弥陀仏です。それを私たちは体得させていただくのです。今年も厳しさと優しさ。厳しさだけではだめ。智慧の裏には慈悲がなければなりません。その智慧と慈悲に導かれて決勝点まで進ませてい...

  14. なぜ悪人が変わらない幸せになれるのか - 仏教フリーク

    なぜ悪人が変わらない幸せになれるのか

    因果の道理をふまえて説かれているのが阿弥陀仏の本願です。阿弥陀仏の本願は、因果の道理に反するのではありません。真理にのっとって説かれています。矛盾するものでもありません。因果の道理に立脚して建てられています。悪業しか持たぬ私達ですが、阿弥陀如来は「弘誓の強縁」といわれるものすごい力をもっておられます。それを縁として幸せになれます。因果の道理は善因善果悪因悪果自因自果といわれます。これが基本で...

  15. 阿弥陀仏に救われるとどうなるか - 仏教フリーク

    阿弥陀仏に救われるとどうなるか

    阿弥陀如来に救われて、南無阿弥陀仏をいただくとどうなるか執持鈔に覚如上人は、「本願や行者、行者や本願」といわれています。本願と名号と行者はどういう関係にあるか。阿弥陀如来の御心によって作られたのが、南無阿弥陀仏の名号です。正信偈にも「本願名号正定業」とあります。本願と名号は、同じ意味で使われています。「信受本願」「名号執持」「名号獲得」「名号持念」阿弥陀如来の御心のおさまった南無阿弥陀仏を頂...

  16. 大宇宙のあらゆる仏に守られる - 仏教フリーク

    大宇宙のあらゆる仏に守られる

    絶対の幸福になるとどんな幸せになるのでしょうか。10に分けて教えられている中の6番目は、心光常護の益です。心光とは、阿弥陀如来のお力です。阿弥陀如来のお力には、心光と色光があります。心光とは、摂取の光明。色光とは、遍照の光明。光明とは、阿弥陀如来のお力のことです。色光は、遍く照らす光明ですから、すべての人にかかっています。それが、絶対の幸福になった瞬間、摂取の光明に切り替わります。この絶対の...

  17. 死後の世界とあの世と一大事 - 仏教フリーク

    死後の世界とあの世と一大事

    蓮如上人は、御文章に「これによりてただ深く願うべきは後生なり、たのむべきは弥陀如来なり」と教えられています。後生とは、死後の世界のことで、あの世です。後生にある一大事を後生の一大事といいます。この世のどんなものを頼りにしていてもみんな総崩れになっちゃうからこの後生の一大事を救う仏様をこの後生の一大事を解決する仏様を後生に突っ込んで真っ暗になるときでもその私を救ってくれる仏を信じなさいと。これ...

  18. 苦しんでいる人が正客 - 仏教フリーク

    苦しんでいる人が正客

    苦しんでいる者を正客として、阿弥陀如来は本願を建てられたと親鸞聖人はご和讃にいわれています。如来の作願をたずぬれば苦悩の有情をすてずして回向を首としたまいて大悲心をば成就せり(親鸞聖人)「如来の作願をたずぬれば」とは、如来とは阿弥陀如来のことです。「作願をたずぬれば」とは、阿弥陀如来が本願をたてられたそのみ心・経緯・わけ・理由をたずぬればということです。「如来の作願をたずぬれば苦悩の有情をす...

  19. 他力の信心は同じか異なるか - 仏教フリーク

    他力の信心は同じか異なるか

    凡夫の浅知恵では阿弥陀如来のお約束をお聞きしても、自力でおこす信心か、他力より賜るものか分かりません。これが浄土真宗の親鸞聖人がなされた信心同異の諍論になります。信心同異の諍論の判決文に「信心のかわると申すは自力の信にとりての事なり。すなわち智慧各別なるが故に信また各別なり。他力の信心は善悪の凡夫、ともに仏の方よりたまわる信心なれば、源空が信心も善信房の信心も更にかわるべからず。ただ一なり。...

  20. 生きる意味と阿弥陀如来 - 仏教フリーク

    生きる意味と阿弥陀如来

    親鸞聖人が明らかにせられた生きる意味の答えは、揺るぎない確信で簡潔に述べられたのが教行信証の冒頭のお言葉です。人生の目的は、心の闇を破って絶対の幸福の身になることだと明らかなされています。人生の目的とは言いますが、本当は多生の目的です。多生永劫の目的です。人生の目的とは未来永劫の幸福の身になることでして、趣味や生きがいとは違います。人は暗く辛い人生を趣味や生きがいともってやっとやっと生きてい...

総件数:30 件

似ているタグ