頼山陽のタグまとめ

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「頼山陽」タグの記事(6)

  1. 10月16日  頼山陽 忌日 - 煎茶道方円流~東京東支部~

    10月16日 頼山陽 忌日

    今日は、江戸後期の儒学者・歴史家・漢詩人である 頼山陽の忌日。頼山陽は、1780年(安永9年)に、大阪・江戸堀に生まれました。父は広島藩儒 頼春水で、幼児より神経症に悩まされ、その治療を兼ねて、18才の時に、叔父に伴われて江戸に遊学しました。翌年帰郷した後の21才の時に、脱藩出奔した為、連れ戻され、24才まで、自宅の一室に監禁されました。この間に、「日本外史」の草稿執筆が始まったとされていま...

  2. 頼山陽 - 静かに過ごす部屋

    頼山陽

    2019.3.31竹原街並保存地区頼惟清(らいこれすが)邸頼山陽(らいさんよう)江戸時代後期の漢詩人(彼の「日本外史」は幕末の尊王攘夷運動に影響を与えた)この頼山陽様のおじい様が頼惟清様です。頼山陽さんのお父さんが育った家の庭に入ってみました。塀で囲まれており、とても静か。苔も生えてました。手入れされた綺麗な佇まい。文政7年(1824)母を広島へ送る途中ここに立ち寄り詠んだ詩~この吾が家は昔...

  3. 名勝月ヶ瀬梅林 - 奈良・桜井の歴史と社会

    名勝月ヶ瀬梅林

    月ヶ瀬梅林・・もう遅いかと思ったが参りました。江戸時代の文人、頼山陽(1832年、天保3年に没、江戸時代歴史家・文人)は、月ヶ瀬梅林を訪れて、「大和の国の香世界を見ない間は、どうして梅花を説く資格があろうか」(非親和州香世界人生何可説梅花)と激賞したという。 そんな碑が、月ヶ瀬橋のたもとに置かれていた。 名勝月ヶ瀬梅林元久二年(1203)に菅原道真を産土神(うぶすなかみ)として真福寺の境内に...

  4. 近江八幡池田町遊郭ぞめき二 - 花街ぞめき  Kagaizomeki

    近江八幡池田町遊郭ぞめき二

    茶屋の中池田町二丁目にあった大高楼は最も有名で、構造建築最も壮大に設備よく、大玄関は駕籠乗馬のまま通じ、裏には馬のつなぎの用意も有り、創建は元禄時代にあったとされ、皆川棋園はかつてここで「名月」の題字を掲げ、頼山陽は「紅紫相映」の雅号を大書し、さらに儒者であり画家でもあった粋人の梁川星巖も書や画そして星巖ノ間と称した離れ座敷を残しました。この星巖ノ間などは床が高く、カクレ場所や抜け道がありま...

  5. 頼山陽『日本楽府』と川中島合戦「筑摩河」~かの有名な七絶だけではありません~ - とらっしゅのーと

    頼山陽『日本楽府』と川中島合戦「筑摩河」~かの有名な七...

    これまで、何度か頼山陽『日本楽府』中の作品をご紹介してきたと思います。さて、頼山陽の日本史を題材にした漢詩といえば、川中島合戦を扱った七言絶句が有名かと思います。川中島合戦については、当ブログを御覧の方々なら多くは御存じだと思いますが、一応。戦国時代、甲斐(現在の山梨県)の大名である武田信玄と、越後(現在の新潟県)の大名である上杉謙信が、信濃(現在の長野県)にて何度も激突を繰り返しました。そ...

  6. 太平記を歩く。その20「奉建塔」大阪府南河内郡千早赤阪村 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その20「奉建塔」大阪府南河内郡千早赤阪村

    「楠公生誕地」碑から南へ徒歩3分ほどのところに、楠公没後600年祭記念として昭和15年(1940年)に建てられた「奉建塔」があると聞き、訪れてみました。 丘の上の森の上に、白い雲に突き出るように塔の頭がのぞいているのがわかるでしょうか? 青空が美しいですね。 ここは、1~2月には約5万本のニホンスイセンが咲く「スイセンの丘」になるそうで、春には、桜の名所としても知られているそうですが、わたし...

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