高師直のタグまとめ

高師直」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには高師直に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「高師直」タグの記事(4)

  1. 太平記を歩く。その183「高師直塚」兵庫県伊丹市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その183「高師直塚」兵庫県伊丹市

    西宮市から国道171号線を北東に進んで伊丹市に入ったあたりに、「師直冢」と刻まれた石碑があります。師直とは言うまでもなく、足利尊氏の執事・高師直のことです。「観応の擾乱」における「打出浜の戦い」に破れた尊氏軍は、逃げ込んだ松岡城にて足利直義と和議を結びますが、その条件として、師直を出家させるということになり、師直らが京都に護送される途上、養父を師直に殺された上杉能賢に襲われて殺害されます。 ...

  2. 太平記を歩く。その181「鷲林寺」西宮市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その181「鷲林寺」西宮市

    西宮市にある鷲林寺を訪れました。ここは、正平6年/観応2年(1351年)2月17日に起きた「観応の擾乱」における「打出浜の戦い」において、足利直義が陣を布いたとされる場所です。 「光明寺合戦」で勝負を決することができなかった足利尊氏軍は、軍勢を兵庫に移し、摂津の赤松範資と合流して大軍を形成します。 同年2月17日、ここ鷲林寺や越水に陣を布く直義に対し、これを攻めるべく尊氏は2万の軍勢を現在の...

  3. 太平記を歩く。その151「北畠顕家供養塔」大阪府堺市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その151「北畠顕家供養塔」大阪府堺市

    前稿で紹介した阿倍野区にある北畠顕家の墓とは別に、堺市にも顕家の墓があります。 阿倍野の墓は江戸時代に建てられたものですが、こちらは昭和12年(1936年)に顕家600回忌に町の有志によって建てられたものだそうで、墓というより、供養塔と言ったほうが正しいでしょうね。 『太平記』では、顕家戦死の地は摂津阿倍野と記されているので、一般には前稿の墓が有名ですが、近年の研究では、ここ堺市の石津で討死...

  4. 太平記を歩く。その135「攻めが辻」奈良県吉野郡吉野町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その135「攻めが辻」奈良県吉野郡吉野町

    前稿で紹介した大橋跡から50mほど北に、「攻めが辻」と呼ばれる場所があります。ここは、吉野神宮からの尾根道と、吉野駅からの七曲りを上り詰めて出合う場所で、三叉路になっています。 ここは、吉野山に立てこもった大塔宮護良親王方の守りと、北条幕府方の二階堂貞藤(道蘊)率いる大軍の攻撃がぶつかり、激しい戦闘を繰り広げたところで、「攻めが辻」と呼ばれるようになったそうです。 現在、その道脇には石標が建...

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