CHINAのタグまとめ

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「CHINA」タグの記事(356)

  1. 第二次掃共戦総括『偉大なる道』第8巻③ー6 - Out of Far East

    第二次掃共戦総括『偉大なる道』第8巻③ー6

    建寧を奪取した紅軍は、一部の戦闘部隊を残しておいて、旋回して、敵の堡砦(ほうさい)線に沿って、道々その堡砦を破壊しながら、引き上げていった。その線の両側に、広汎な新地域を獲得したので、政治工作員は、それをソビエト地区に「固める」仕事にとりかかった。 敵の堡砦をことごとく破壊したのち、紅軍はふたたび旋回して、南のソビエト区に入り、はるか南方の広東省からきていた十九路軍に向かって進撃した。この軍...

  2. 建寧での最後の会戦『偉大なる道』第8巻③ー5 - Out of Far East

    建寧での最後の会戦『偉大なる道』第8巻③ー5

    どの道すじをいってみても、農民たちが、わが軍の負傷兵、それから敵軍の負傷兵を、後方にはこんでいるのが見えた。あるものは、家の戸や板に縄をつけて担架をつくり、あるものは、負傷者を背負ってはこんでいた。負傷兵は敵味方分けへだてることなく扱えという指令に農民たちは一応従っていたが、独特のやり方で白軍への憎しみを晴らした。くたびれてくると、彼らは白軍の負傷兵をおろして、ののしりながら、けったり、木の...

  3. スローガンと歌をともなう戦列『偉大なる道』第8巻③ー4 - Out of Far East

    スローガンと歌をともなう戦列『偉大なる道』第8巻③ー4

    朱徳の声は、農民たちのすばやくて徹底的な仕事ぶりを思い出したとき、畏怖のひびきに似たものをつたえた。アリのように群がって、かごや、水牛が引くガタガタ車を、いっぱいにみたし、女や子どもは、丹念に、米の最後の一粒までも、手ですくい取った。年寄りと女子どもは、きちんと列を作ってソビエト地区に引き上げたが、若い男たちは、大隊ぐらいの隊をいくつか組んで、紅軍のために、米と弾薬を運びながら、いっしょに東...

  4. 水南へ進撃『偉大なる道』第8巻③ー3 - Out of Far East

    水南へ進撃『偉大なる道』第8巻③ー3

    さらにその夜に、報徳懐からの報告を持った伝令が到着した。これは第二番目の伝令だった。最初の伝令は捕えられ、殺された。さて、彭の紅軍第三軍団は、二日二晩、敵軍第四十三師団――北方からきた軍――の前面と背面の両方に猛攻を加えて、山上の堡砦(ほうさい)をうばって、谷間に追い落とし、そこで半数を武装解除した、のこりは、水南にいる友軍第四十七師団のところに逃げた。 全西方戦線は今や紅軍の掌中にあった。...

  5. 吉安地方への強行軍『偉大なる道』第8巻③ー2 - Out of Far East

    吉安地方への強行軍『偉大なる道』第8巻③ー2

    敵の攻撃が開始される――朱徳はその正確な日時を知っていた――その前の三日間の夜のあいだ、紅軍の本隊は、吉安地方の敵の背面にむかって強行軍をおこなった。敵の爆撃をさけて、夜だけ行進し、月のある夜にたたかった。暗い夜には、夜明けに攻撃した。 戦闘は17日の夜に始まることになっていたが、一発の砲声も朱徳と毛沢東の耳に入ってこなかった。さらに2日がすぎても、何らの報告もなく、戦闘の音も聞こえなかった...

  6. 第二次掃共戦『偉大なる道』第8巻③ー1 - Out of Far East

    第二次掃共戦『偉大なる道』第8巻③ー1

    何応欽(Wikiより借用)5月のはじめに、南京政府の軍政部長何応欽を最高指揮官とする15万の国民党軍は堡砦線の後方の陣地についた。その堡砦線は、そのときには、西は吉安から東は福建省の建寧まで、ジグザグに江西省を走り、その長さは約7百里、つまり約250マイルに及んでいた。こうして第二次掃共戦が開始された。 朱将軍は、平然と、紅軍はこの敵の堡砦線についてのすべてを知っていた、といった。つまり、構...

  7. 文盲退治、無電学校設立『偉大なる道』第8巻②ー6 - Out of Far East

    文盲退治、無電学校設立『偉大なる道』第8巻②ー6

    「われわれはまた、軍隊のために、軍事と政治の定時講義をし、文盲退治の運動を、いっそう強化した。外部から、多くの知識階級出身者が入ってきて、われわれを助けた。しかし、まだその数は足りず、われわれの軍医部隊は貧弱だった。上海から印刷工、そのほか多くの都市から産業労働者が、敵の戦線をくぐって、われわれのところにきた。 「私はまた、新しい無電学校にも力を入れたが、それは第十八師団の無電機を捕獲したと...

  8. 全中国ソビエト大会の準備『偉大なる道』第8巻②ー5 - Out of Far East

    全中国ソビエト大会の準備『偉大なる道』第8巻②ー5

    「1931年の3月はじめに、われわれは、上海で秘密にひらかれた党の第4回代表者会議で通過した決議を受けとった。われわれもその会議に代表をおくった。そしてその会議で李立三の方針が否決され、われわれの方針が確認された。その時にわれわれが受けとった決議は、軍隊に体系的な教育をほどこすこと、軍とソビエトと民衆の諸組織との仕事の区分を明らかにすること、を指令していた。会議はまた、1931年8月1日――...

  9. 人民の軍隊『偉大なる道』第8巻②ー4 - Out of Far East

    人民の軍隊『偉大なる道』第8巻②ー4

    「またわれわれは、全ソビエト地域にわたって、空襲警報の施設を作ることにしたが、わが軍の中の、鉱山労働者から組織した技術部隊は、高度の技術をもつ熟練者のむれであって、爆弾の製法や使用法はいうにおよばず、多方面の能力をもっていた。そのうちの多くは、今まで働いていた鉱坑の中での爆発のために、耳が聞こえなくなっていた。わが軍に参加する前から、彼らの政治的意識はきわめて高い水準をもっていたが、もちろん...

  10. 深刻な食糧危機『偉大なる道』第8巻②ー3 - Out of Far East

    深刻な食糧危機『偉大なる道』第8巻②ー3

    「第1回の敵の作戦を撃破したのちに」と朱将軍はつづけた。「われわれの軍は広い地域に拡散した。彭徳懐は北方の前線を占拠していたが、そこには新しく二県が加えられていた。彭は、城市南豊から許克祥将軍を追っぱらったが、その許は、『農民殺し』とよばれ、蒋介石がわれわれに国民党による第二次掃滅作戦をしかけてくる時まではと、しがみついていたのだ。 「その戦いの準備のために、われわれは軍を拡充し、多くの要衝...

  11. 朱徳と読書『偉大なる道』第8巻②ー2 - Out of Far East

    朱徳と読書『偉大なる道』第8巻②ー2

    まだほかにも仕事はあった、と、言葉をつづけ、将兵に軍務がないときには、農民を手伝って、春には土地をすき、種をまき、秋には収穫をしたと語った。朱将軍も、できるかぎり農作業を手伝ったが、それは「私の健康を保つには最上の手段だった」紅軍の慰安や文化活動は、そのころは比較的手薄だったけれども、いくつかの演劇隊が、ソビエト地区を巡回して、兵士や農民にみせていたが、もしそれが司令部からゆける所であれば、...

  12. 1931年のある一日『偉大なる道』第8巻②ー1 - Out of Far East

    1931年のある一日『偉大なる道』第8巻②ー1

    そのつぎに朱将軍が、生涯の話を語りにきたときに、私は提案して、1931年の典型的な一日をえらんで、その日の朝から晩まで何をしたか、話してくださいといった。 しばらく考えてから、彼は答えた――ある一日にしたことすべてを思い出すことなんて無理だが、できるだけやってみよう。以下が、彼が語ったことである。 「私は生涯、かなり早起きする習慣をつづけてきた。寝るのは仕事がおわってからなので、かなりおそく...

  13. 蒋介石による報復『偉大なる道』第8巻①ー8 - Out of Far East

    蒋介石による報復『偉大なる道』第8巻①ー8

    何週間かすぎたころ、上海の共産党中央委員会から一人の使者が、朱将軍の司令部に来た。持参した手紙によると、蒋介石が張将軍の釈放を請い、その代償として多数の政治犯を釈放し、20万ドルを払うというのであった。 「処刑したことを、われわれは後悔した」と朱将軍はいった。「金のためではなかった。蒋介石は、復讐として、獄中のわれわれの同志の多くのものを殺したのだ」 紅軍の勝利は、たしかに、国民党と、それを...

  14. 傲慢な張将軍の最期『偉大なる道』第8巻①ー7 - Out of Far East

    傲慢な張将軍の最期『偉大なる道』第8巻①ー7

    朱将軍と、捕えられたばかりの張輝サン将軍との対談は、そのまま劇になるようなものだった。とらわれの将軍は、階級の記章でかざられた、すばらしいカーキの軍服を着て、ピカピカの黒長靴をはいて、朱徳の司令部に送りこまれてきた。そこで彼は、まるで苦力のような、ぼろ服を着たやせこけた男が何人かいるのを見た。 朱将軍は、つめたくきびしい声で、「あいつは、われわれを無知蒙昧な匪賊と見て、こんなものは自分の残り...

  15. 捕虜になった張将軍『偉大なる道』第8巻①ー6 - Out of Far East

    捕虜になった張将軍『偉大なる道』第8巻①ー6

    午前中に第十八師団の千名が殺され、九千名が捕虜となり武装解除された。張将軍と彼の参謀以下すべての士官がその捕虜の中にふくまれていた。鹵獲(ろかく)品は、小銃8千、そのほか、軽、重機関銃、追撃砲その他の小野戦砲、第十八師団の精密な無電機――技術者づき――、それから、野戦用電話、医療品、馬、大量の食糧などだった。また敵三個師団の軍資金も手に入った。 「われわれはただちに、捕虜兵の大会をひらいた」...

  16. 情報交換と情報共有『偉大なる道』第8巻①ー5 - Out of Far East

    情報交換と情報共有『偉大なる道』第8巻①ー5

    紅軍の通信機関はすぐれていて、司令部の伝令は、みな若い農民で、きわめて敏捷だった、と朱将軍はいった。 朱徳と毛沢東は、12月29日午後8時に、明け方に開始される予定の戦闘に関する詳細な命令を発した。その命令は、あらゆる戦闘本部隊と予備部隊にあたえられたが、その中には、いつものように「政治動員」の集会をもつこと、そして軍指揮官は、兵士たちに、戦闘計画、敵の戦力、位置、装備と志気に関する情報をす...

  17. 張将軍との決戦決意『偉大なる道』第8巻①ー4 - Out of Far East

    張将軍との決戦決意『偉大なる道』第8巻①ー4

    朱将軍がいうには――いかに包みかくそうとも、紅軍は事実を見抜いたのであり、その明らかな事実とは、国民党軍は、この反乱者にたいして何の行動にも出なかった、ということである。しまいには、東固の農民たちは、事実を知って、逃亡して元の部隊に帰ってきたのだが、そこでは彼らは、迎え入れられ、再編成され、再教育された。 しかしこの反乱のおかげで、国民党第十九路軍は興国を占領し、張輝サン将軍の第二十八師団は...

  18. 紅軍内部の反逆行為『偉大なる道』第8巻①ー3 - Out of Far East

    紅軍内部の反逆行為『偉大なる道』第8巻①ー3

    この決戦の話をする前に、朱将軍は、寄り道をして、紅軍内部での反逆行為のことを話したが、それは、もう少しのことで、形勢を一変して敵に利するものになったろう。何週も続く戦闘の最中に、ある地主の息子のリュウ・チ・ツァオというものが、東固の農民からなる第二十紅軍をひきいて反乱を起こした。10月に吉安で入手した反ボルシェヴィキ(AB)団の書類によれば、少なくとも、東固の一人の地主の家族のものが、国民党...

  19. 吉安撤退計画『偉大なる道』第8巻①ー2 - Out of Far East

    吉安撤退計画『偉大なる道』第8巻①ー2

    10月中旬、朱徳と毛沢東と同志たちは、吉安北方の彭徳懐の司令部で軍事会議をひらいた。そこで、吉安を撤退することを決定した。というのは、2倍もの数の敵にたいして、その市を死守するための犠牲に耐えられない、と判断したためであった。彼らが、軍の主力4万人をひきいて撤収して、すでに強化されているソビエト地区に入れば、そこですべての人民からゆるぎない支持を得るだろう。その東固山基地と広昌の城市の中間の...

  20. 1930年、紅匪討伐計画『偉大なる道』第8巻①ー1 - Out of Far East

    1930年、紅匪討伐計画『偉大なる道』第8巻①ー1

    その1930年の10月末、いよいよ赤を絶滅するという壮挙がおこなわれることになり、上海そのほかの中国の大都市では、沸きかえるさわぎだった。北方の敵を征服して帰ってきた蒋介石は、時の英雄であった。いまや彼は、自分の10万の精鋭を江西の「紅匪」に向けてきた。 共産主義は、中国において、帝国主義や封建主義とはどうしても妥協しないという唯一の勢力で、党員は主義のために喜んで死ぬということを実証した唯...

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