CHINAのタグまとめ

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「CHINA」タグの記事(297)

  1. 孫文研究家故山口一郎氏への謝意 - Out of Far East

    孫文研究家故山口一郎氏への謝意

    大阪でアジア図書館を運営している市民団体アジアセンター21の代表をなさっていた山口一郎氏が亡くなったことは、当時購読していた新聞の訃報欄で知った。たしか、学会が何かの出席のために中国に滞在していたときに、ホテルで入浴中に亡くなられたと記憶している。2000年の秋、84歳という高齢での旅先からの知らせだった。新聞の訃報欄で、存じ上げている人の名前を見つけるなんてことははじめてだったと思う。私が...

  2. 第6巻「土地革命の開始」を読んで - Out of Far East

    第6巻「土地革命の開始」を読んで

    この第6巻あたりからだんだん武力による戦闘シーンや共産主義イデオロギーが出てきて、決して読みやすいものではない。革命とはこういうことかと思いながらよみすすめた。はじめて読んだときはもう十数年前で、そのときは内容はほとんど理解できていなかったと思う。やっと、太平天国の乱⇒辛亥革命⇒護国戦争⇒大革命(北伐)⇒蒋介石の裏切の流れが整理されてきた。 中心的に書かれているのは、朱徳も軸になって展開され...

  3. 封建主義の残滓『偉大なる道』第6巻⑥ー11 - Out of Far East

    封建主義の残滓『偉大なる道』第6巻⑥ー11

    遠くすぎ去った時代を回想しながら、朱徳将軍は、反革命勢力と帝国主義諸勢力とのあいだに、衝突や矛盾があったと同時に、革命勢力のあいだにも、かんたんに解決できない問題がひそんでいたことをみとめた。たとえば、――と、彼はかたった――朱徳と彼の同志たちが、東固についてみると、それまでこの拠点を指導してきた共産党指導者たちのあいだに、非常に奇妙な現象を見いだした。これらの指導者たちは、地主の息子か地主...

  4. 衝突と矛盾『偉大なる道』第6巻⑥ー10 - Out of Far East

    衝突と矛盾『偉大なる道』第6巻⑥ー10

    1929年の早春のことであった。朱将軍は、部隊と人民にむかって、彼が知っているかぎりの国内、国際情勢を率直に分析してみせた。 彼がいうには、蒋介石は国民党軍11個連隊に対して東固山地の要塞を封鎖するように命じた。蒋介石はまた、国家の支配権をあらそって、広西省の将軍と戦争をはじめた。だから蒋介石は、井岡山の封鎖の場合にやったように、自分の最良の軍隊を消耗させることができないのである。事実――と...

  5. 毛沢東と朱徳の演説『偉大なる道』第6巻⑥ー9 - Out of Far East

    毛沢東と朱徳の演説『偉大なる道』第6巻⑥ー9

    彼は、主として毛沢東と彼が演説した東固での一般的大衆集会を回想した。「われわれの力はまだ弱くて小さい」と、毛沢東は演説した。「しかし、火花も炎のように燃えあがることができるから、われわれは、無限の将来をもっている」毛沢東は、いつものように、革命の戦略と戦術を説明した。革命は、まず農村に、せまい地域を確保し、東固や井岡山のような強固な山地の拠点を建設することからはじめ、最後には、これらの地域を...

  6. 全員参加の会議『偉大なる道』第6巻⑥ー8 - Out of Far East

    全員参加の会議『偉大なる道』第6巻⑥ー8

    しかし、紅軍が発展させたもっとも強力な教育方法であり、紅軍が成立して以来、一貫して実践してきたもののひとつは、これまでの戦闘や作戦を分析する会議をひらくことであった。こういう会議には、朱将軍や毛沢東をふくめて、指揮官や兵士も全員が参加した。ここでは一切の階級はなくなり、みなが自由にしゃべる権利をもっていた。戦闘や作戦の計画が討議されたり、必要な場合には、批判されたりもした。それだけでなく、指...

  7. 東固ー興国地方ソビエト区結成『偉大なる道』第6巻⑥ー7 - Out of Far East

    東固ー興国地方ソビエト区結成『偉大なる道』第6巻⑥ー7

    自然の美に対する深い感情をあらわしながら、朱将軍は、東固についても、まえに井岡山についてかたったときと同じようにくわしく描写した。この山は、江西省を南北にのびる、森におおわれた山脈の一部である。朱徳の話によると、かなり高い山岳地帯ではあるが、井岡山のような要害ではない。4つの台地をこえて、せまい山道が通じている。どちら側にも、えぞ松やもみの森があり、花をつけた竹や潅木の林がある。春と夏には、...

  8. 寧都、東固山地を占領『偉大なる道』第6巻⑥ー6 - Out of Far East

    寧都、東固山地を占領『偉大なる道』第6巻⑥ー6

    「農民工作の準備をさせるために」、勇敢な扇動者からなるいくつかの小部隊を先行させたうえで、紅軍は、2、3日後、江西省中央部の城壁をめぐらした都市、寧都を占領した。地方守備隊と地主どもは、紅軍が近づくと、たちまち逃げだしてしまったが、商工会は、大昔からの慣習どおり、国民党の旗を引きおろして、赤旗をかかげ、紅軍にむかって、5千ドルの金と市の鍵をさしだした。 朱徳と毛沢東は、5千ドルはうけとったが...

  9. 大柏地の戦闘『偉大なる道』第6巻⑥ー5 - Out of Far East

    大柏地の戦闘『偉大なる道』第6巻⑥ー5

    いつものように、朱将軍は、戦闘の模様を非常に細かいところまで気をつかって、説明した。ものすごい激戦だったが、朱将軍の言葉でいえば、「実にきわめて単純」であった。その夜のうちに、林彪は、一個連隊をひきいて、10マイルを行軍し、戦闘がはじまった夜明け前には、敵の一個縦隊の真後ろにまわっていた。敵は、あらゆる武器弾薬をもっていたが、紅軍は、各自、20発くらいの弾薬しかもっていなかった。敵は、四方か...

  10. 瑞金への進撃『偉大なる道』第6巻⑥ー4 - Out of Far East

    瑞金への進撃『偉大なる道』第6巻⑥ー4

    中国の旧暦の正月がきた。戸ごとに、正月を祝う赤い紙がきらめき、料理店や、金持ちの家からは、音楽がひびいていた。南江西の瑞金という小さな県城では、ちょうど、江西省軍一個連隊が帰ってきて、「朱毛匪」の大部分を皆殺しにして、敗残兵は福建省境の向こうに追っぱらったと、その状況を報告していた。この大手柄の褒美として、街の要人たちは、連隊のために正月の大宴会をひらいて招いた。酒杯のひびき、料理の香にまざ...

  11. 呉玉蘭の最期『偉大なる道』第6巻⑥ー3 - Out of Far East

    呉玉蘭の最期『偉大なる道』第6巻⑥ー3

    村に近づくと、紅軍はまず一人か二人の兵士を先行させた。そこで農民たちは、外に出てきて、紅軍のために米を集め、負傷者や疲労した人を引きとって、かくまってくれた。あとに残って農民の世話になるものは、みな、回復してから、農民を組織し、訓練することができるように、銃と数発の弾薬をあたえられた。 「紅軍の兵士を訓練するさいのわれわれの方針は、たとえたった一人だけしか生き残らなかったとしても、その一人が...

  12. 大余の町占領と退却『偉大なる道』第6巻⑥ー2 - Out of Far East

    大余の町占領と退却『偉大なる道』第6巻⑥ー2

    「やつらと話しあったうえで、われわれは、捕虜を釈放した。われわれは、捕虜を訓練する計画をもっていなかったし、なんとかして、彼らによって、警報をひろげさせたかったのだ。われわれは、封鎖部隊に、われわれを追跡させたいと、のぞんでいた。しかし、その後わかったことだが、封鎖部隊はわれわれを追跡しなかった。そのかわり、ほかの場所にいた敵軍が警戒態勢についた」 南に向かって急進撃を続けながら、かかしのよ...

  13. 大汾の町占領『偉大なる道』第6巻⑥ー1 - Out of Far East

    大汾の町占領『偉大なる道』第6巻⑥ー1

    朱将軍は、彼と毛沢東が、4千人の兵をひきいて敵の封鎖を突破した、この荒涼たる山岳地帯の情景を、ざっと素描してみせた。山塞からひそかに下界へ通じるこの道を知っているものは、井岡山の匪賊になった農民をのぞいては、だれひとりいなかったし、また、あえてこのような道をたどる冒険をおかすものは、ほとんどいなかった。道などといえるものは全然なかった。山径の痕跡すら見えなかった。ただ、雑然と数限りなくならん...

  14. 封鎖部隊突破計画『偉大なる道』第6巻⑤ー13 - Out of Far East

    封鎖部隊突破計画『偉大なる道』第6巻⑤ー13

    馬上の彭徳懐(『抗日解放の中国』より借用)「井岡山の基地から、われわれは、敵軍を、見おろすことができた」と朱将軍はかたった。「敵の動きは、全部わかった。やつらが、食事のしたくをするのまで、われわれは見張っていた。月がまんまるくなる仲秋節の最期の晩、われわれは、1つの山道のふもとに露営していた敵軍六個中隊を、捕虜にしようとして、数個部隊を下山させた。2時間後に、彼らは、敵兵をつれ、敵の補給物資...

  15. 范石生将軍への報復『偉大なる道』第6巻⑤ー12 - Out of Far East

    范石生将軍への報復『偉大なる道』第6巻⑤ー12

    これとちょうど同じとき、朱徳将軍は、広東省から進撃してきた封鎖部隊を切断するための牽制作戦をおこなうために、紅軍三個連隊をひきいて、南部湖南へうってでた。その作戦は、報復と喜劇の2つの要素を含んでいた。旧雲南軍時代の彼の旧友范石生将軍は、今は、友情などというつまらないことは、すっかり忘れてしまって、反革命の側へ寝がえっていた。朱徳は、彼に、一場の教訓をたれてやろうと、決意したのである。 范将...

  16. 彭徳懐の反乱『偉大なる道』第6巻⑤ー11 - Out of Far East

    彭徳懐の反乱『偉大なる道』第6巻⑤ー11

    若き彭徳懐(『抗日解放の中国』より借用)当時は、大都市の外国新聞や中国新聞は、「紅匪の残虐行為」についてのおとぎ話で紙面をうずめていたものである。蒋介石将軍は、戦闘をまじえていた競争相手の軍閥と、一時的に休戦協定をむすんで、4万の軍隊で、井岡山地方を3つの省から包囲し、「紅匪」を餓死させるようにと命令した。 この井岡山地帯を北方から封鎖するように命じられた湖南の諸師団のなかに、二人の若い士官...

  17. ゲリラ戦『偉大なる道』第6巻⑤ー10 - Out of Far East

    ゲリラ戦『偉大なる道』第6巻⑤ー10

    「私も、『耳の不自由な老チュウ』の戦術から、たくさんのことを学び取った」と朱徳は笑いながら話した。「国民党軍はみんな、日本軍が常用する戦術をつかってたたかい、いつでも前面と左右両翼に防衛隊を配置して、一縦隊で前進してきた。やつらは、このほかはなんにも知らなかった。しかし、われわれの方は、迅速に行動できる、いくつかの小戦闘部隊に分散し、敵の背後と、両側面へ迂回して、急襲し、敵をばらばらに寸断し...

  18. 老チュウの教え『偉大なる道』第6巻⑤ー9 - Out of Far East

    老チュウの教え『偉大なる道』第6巻⑤ー9

    朱徳はその地方一帯をくまなく踏破して、地形と防御方法を研究し、匪賊になった農民たちの指導者王佐や袁文才とかたりあった。このふたりは自分たちと同じ匪賊のひとりであった「耳の不自由な老チュウ」の話をしてきかせたこの耳の不自由な老チュウはよくこういったそうだ。「おまえらは、戦さのやり方なんぞ知らんでもええ。おまえらが知っとらんとだめなのは、どうして敵を囲むかということだけじゃ」 彼らふたりは、「耳...

  19. 恋歌『偉大なる道』第6巻⑤ー8 - Out of Far East

    恋歌『偉大なる道』第6巻⑤ー8

    新しい言葉にかきかえられた、たくさんの民謡の1つ、「3つの偉大な任務」は、音楽にあわせた教養問答のようなものであるーー わが紅軍には、3つの偉大な任務あり。帝国主義と封建勢力をうち倒し、土地革命を遂行し、人民の主権をうちたてる。各人は、必要に応じてうけとり、各人は、能力に応じてはたらく。 人民にたいしては、友愛にみちてかたろう。紅軍の原則を、大衆のなかにひろげよう。紅軍の政治的影響を、ひろめ...

  20. 朱徳があつめた歌『偉大なる道』第6巻⑤ー7 - Out of Far East

    朱徳があつめた歌『偉大なる道』第6巻⑤ー7

    井岡山にいるあいだに、朱将軍は、紅軍がつかっていた歌をあつめ、それをふやすのに一生けんめいになりはじめた。1937年には、これらの歌は、彼の上着のポケットに、たやすくすべりこませることができるくらいの大きさの、およそ2百ページの小さな本になっていた。この本は、ページのすみがめちゃくちゃに折れ、手あかでよごれ、あるページはほとんど読めなくなっていた。この本には歌や短い詩、紅軍の規則、共産党の歴...

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