CHINAのタグまとめ

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「CHINA」タグの記事(385)

  1. 革命途上の反逆者『偉大なる道』第9巻④ー15 - Out of Far East

    革命途上の反逆者『偉大なる道』第9巻④ー15

    朱将軍はこんなふうに答えた。中国は百年のあいだ帝国主義列強の半植民地であった半封建の国である。この1世紀の間、中国の政府は西欧帝国主義の卑しい道具だった。北京や南京や上海は、国の利益を最高入札者に売りわたそうとする反逆的陰謀の策源地だった。 確かに中国には、革命途上のほかの国より多くの反逆者がいる、――と彼は認めたが、それは中国の領土や人口が大きいからだという。 「アメリカも革命戦争の時には...

  2. 長征の終幕『偉大なる道』第9巻④ー14 - Out of Far East

    長征の終幕『偉大なる道』第9巻④ー14

    以上のようにして、江西省寛田を出てから満2年1ヵ月と19日で、長征という一大叙事詩の幕がおりた。再集結した紅軍の実勢力は、8万で、1934年10月に江西を出発したときの中央軍の戦闘力とほぼ同じだった西北の山野に集まったこの勢力は、歴史的に類のない独自の勢力だった。 紅軍の本拠は、1937年1月から延安に移ったが、そこで張国燾は党中央委員会の審判にかけられた。党の創立に力のあった彼自身が、党の...

  3. 抗日戦のための長征『偉大なる道』第9巻④ー13 - Out of Far East

    抗日戦のための長征『偉大なる道』第9巻④ー13

    「11月9日、10日、11日。第一、第二、第四各方面軍司令官が連日朱徳や参謀と会合。蒋の軍隊は依然として集中しつつあるが、われわれはもう後退しない。戦闘を前にした、息詰まるような数日、方々で紅軍戦士の集会がひらかれ、なぜわれわれが広い地域から撤退してきたかが説明される。――それは、抗日戦のため、あらゆる部隊を出来るだけ傷つけたくなかったためであり、敵を統一戦線側に獲得するためでもあった。王均...

  4. ジョージ・ヘイテムがみた朱徳『偉大なる道』第9巻④ー12 - Out of Far East

    ジョージ・ヘイテムがみた朱徳『偉大なる道』第9巻④ー12

    「10月30日。紅軍士官学校での、朱徳の第1回目の講演をきく。明快にきびきびと語った。情熱的で、将来に確信をもっている。学生たちに、来たる抗日戦において中国の当面する偉大な任務に応ずるため、日夜学習するよう訓示した。賀竜も話をした。何と張りきって話しをする人だろう。声量のある明瞭な声で身振り手振りいっぱいで話す。そして意気阻喪したものや虚脱したものの戦闘精神を呼びさます。 「11月1日。党西...

  5. 抗日民族統一戦線を希求『偉大なる道』第9巻④ー11 - Out of Far East

    抗日民族統一戦線を希求『偉大なる道』第9巻④ー11

    延安で食事中の張学良(『抗日解放の中国』より借用)10月26日シャオ・ホ・チェンで、この地方にいる全紅軍の大集会がもたれた。林彪やその他の指導者が立って、西北の情勢、紅軍と白軍の配置、日本軍の綏遠侵入などについて詳しく報告した。蒋介石は、胡宗南と王均がひきいる十個師団を甘粛省に送って紅軍と戦っていた。 紅軍は数ヵ月来これらの師団にむかって、抗日戦線の統一を呼びかけていた。「青年元帥」張学良は...

  6. 紅軍の再会『偉大なる道』第9巻④ー10 - Out of Far East

    紅軍の再会『偉大なる道』第9巻④ー10

    ヘイテムは手紙のひとつに次のように書いている―― 「朱徳のことで、もっともおどろくべきことは、すこしも軍司令官らしく見えないことだ。まるで紅軍の親父といった印象だ。射すくめるような眼をしているが、すばらしい微笑をたたえながら、物静かにゆっくりと話をする。自動拳銃をたずさえており、射撃の名手で、ヘビースモーカーでもある。五十歳だが、年よりも老けていて、顔には深いしわがある。だが動作はきびきびし...

  7. 朱徳、第一方面軍と再会『偉大なる道』第9巻④ー9 - Out of Far East

    朱徳、第一方面軍と再会『偉大なる道』第9巻④ー9

    林彪(『抗日解放の中国』より借用)朱徳の軍と林彪の第一方面軍がおちあった当時の状況については、1936年の夏、紅軍に加わったアメリカ人の若い医師、ジョージ・ヘイテムの書いたものがある。ヘイテムはスイスとシリアのベイルートの医学校を卒業した医師だが、紅軍衛生部隊に参加して、ひきつづきこの重要な時期の間、紅軍と行動を共...

  8. 日本と南京政権vs愛国者たち『偉大なる道』第9巻④ー8 - Out of Far East

    日本と南京政権vs愛国者たち『偉大なる道』第9巻④ー8

    南京政権は、1936年11月の東京・ベルリン防共協定には調印しなかったが、蒋介石の外交部長張群将軍は「中国は共産主義に対する断固たる態度を一時も放棄するつもりはない」ことを、くり返し日本に保証したのであった。 親日要人として有名な張群は、すでに1935年のはじめにも、日本政府にむかって、中国政府は中国の共産主義に対する日本の関心を了解しているが、「それは一国内における扇動は隣国にも影響するか...

  9. 第六次掃共戦『偉大なる道』第9巻④ー7 - Out of Far East

    第六次掃共戦『偉大なる道』第9巻④ー7

    日本の綏遠進撃は、蒋介石のあらたな掃共作戦と呼応して、紅軍だけでなく、青年元帥張学良の旧東北軍や彼と同盟関係の楊虎城の陝西省「保安軍」に対する挟み撃ち作戦の形になった。蒋は、紅軍討伐に対する西北軍の反対気運を「規律と指導の欠陥」に過ぎないと解釈して、事態を刷新するために12月11日西安で特別な掃共軍事会議をひらくことにした。西安は青年元帥と楊将軍のそれぞれの司令部の所在地であった。 この西安...

  10. 張学良、統一戦線結成提案『偉大なる道』第9巻④ー6 - Out of Far East

    張学良、統一戦線結成提案『偉大なる道』第9巻④ー6

    張学良(『抗日解放の中国』より借用)ファシスト胡宗南軍や、回教軍、旧東北軍と何回も激戦を交えた後、1935年10月20日、毛の縦隊はついに陝西省北部に到達し、劉志丹のひきいる1万の紅軍遊撃隊と合流した。劉の遊撃隊は1927年以来この地方で戦っていた。1934年第四方面軍が西北に残していった徐海東の連隊は、今では師団に成長して甘粛省東部で戦っていた。 その1年あと、朱徳はのこりの紅軍をひきいて...

  11. 甘粛省の平野に到着『偉大なる道』第9巻④ー5 - Out of Far East

    甘粛省の平野に到着『偉大なる道』第9巻④ー5

    蒋介石は、有名な十九路軍の一師団まで辺境地帯に送りこんできた。だが、紅軍との戦闘でその二個連隊が壊滅すると、指揮官は逃亡し、8百人の兵士が投降してきた。この兵士たちの話しを聞けば、十九路軍のかつての指揮官たちは、ほとんど追い出されて、藍衣社系の将校がこれに代わっており、この将校たちが、紅軍は捕虜の首を切り、眼をくりぬき、腹を裂くという宣伝をしていた。ある兵隊は握り拳で自分の頭をぶちながら叫ん...

  12. 大草原の泥水『偉大なる道』第9巻④ー3 - Out of Far East

    大草原の泥水『偉大なる道』第9巻④ー3

    紅軍の別のひとり、モー・シューは、日記の中でこう書いているーー 「今日、ひとりの同志がどろどろの水の中でもがいているのを見つけた。体は引き込まれて泥水でおおわれていた。鉄砲をしっかりつかんでいたが、泥の杖のように見えた。私は、彼がただ落っこちて立ち上がろうとしているのだと思って、助けて立たせようとした。私が引っぱると彼は二歩進んだ。そしてその身体の重みが全部私にかかった。その重いことといった...

  13. 荒涼たる大草原『偉大なる道』第9巻④ー2 - Out of Far East

    荒涼たる大草原『偉大なる道』第9巻④ー2

    紅軍は大草原の東の縁にそって進んだ。そこでは沼沢もそれほど深くなかったし、騎馬の部落民が時たま利用する狭い筋のような土地があった。各自8日分の食糧と燃料を携行した。行軍の先頭に立った林彪の第一方面軍は、後続部隊の避難所を作るために、竹のすだれも運んで行った。各自の食糧は炒った小麦と茶であった。 紅軍の一人は『長征史』の中で、次のように書いているーー 「毛児蓋付近の友好的な部族民――彼らは中国...

  14. 西康省の厳しい環境『偉大なる道』第9巻③ー15 - Out of Far East

    西康省の厳しい環境『偉大なる道』第9巻③ー15

    朱将軍が抑圧を受けた状態で1年を過ごした西康省の状態がどのようなものだったかは、彼の参謀のひとりから聞いた出来事からも想像できる―― 「紅軍には、あらゆる職種をふくむ労働者農民がいたから、ヤク、羊、山羊などの毛をつむいで織って制服を作ったり、毛皮の外套や靴を作ったりした。非常に標高が高く空気が希薄だったので、湯を沸かすには1時間もかかった。燃料がかさむので、食事はいつも半煮えだった。……ある...

  15. 日本の侵略と闘う自覚『偉大なる道』第9巻③ー14 - Out of Far East

    日本の侵略と闘う自覚『偉大なる道』第9巻③ー14

    「われわれは兵士の生活の現実――彼が働いていた地主や資本家、兵隊になってからは将校から受けた圧迫や侮辱、罵倒や打擲(ちょうちゃく)から出発しなければならない。われわれはまた、白軍では兵隊が病気や負傷をしても、ほとんど世話をしてもらえず、死ぬまで放っておかれる事実に留意しなければならない。白軍をはなれた後は、彼らは金も住居もなく、重い税金がとられ、借金すれば高利をかけられる。われわれはこうした...

  16. 敵の将兵を抗日戦へ『偉大なる道』第9巻③ー13 - Out of Far East

    敵の将兵を抗日戦へ『偉大なる道』第9巻③ー13

    四川の将軍たちが「日本帝国主義の露はらい」の道を選んだことは、歴史からみてもはっきりしているし、朱徳が楊森将軍の部隊と西康省ティエンフとミンヤーで2回の交戦のあとに書いた論文からも明らかである。この戦闘中に多数の四川兵が紅軍に寝がえった。 この論文では、捕虜の取り扱いと教育についても、多くのページをさいて、こんなふうに書いている。武装を解除してから捕虜を将校と兵士との集団に分け、別々の宿舎に...

  17. 捕虜にされた朱徳『偉大なる道』第9巻③ー9 - Out of Far East

    捕虜にされた朱徳『偉大なる道』第9巻③ー9

    「会議は大いに荒れたが、最後に張は、第四方面軍でおこなわれている軍閥のようなしきたりややり方を、すっかり改めることを約束した。しかし、蒋介石が前途に10万の軍隊を投入していることを理由に、北進政策への反対は撤回しなかった。最善の策は、来た道を天全までもどって、チベットの町打籠炉を占領し、西康省に勢力を張ることだといった。しかしその意見は否決され、北進政策が再確認された。 「朱徳は張国燾に向か...

  18. 張国燾の驕り『偉大なる道』第9巻③ー8 - Out of Far East

    張国燾の驕り『偉大なる道』第9巻③ー8

    「われわれは、砂漠でオアシスに近づくような喜びで、懋功に近づいていった。そうした気分も手つだって、張国燾と彼の一派の士官たちの態度にはあきれてしまった。まるで金持ちが貧乏な親戚をむかえるような態度だったからだ。 「張国燾の傲慢な態度は、最初から明瞭だった。南河口で両軍再会の記念式がもよおされたが、彼は30人の騎馬の護衛をひきつれ、舞台にのぼる俳優のようにさっそうと乗り込んできた。彼を迎えて朱...

  19. 張国燾と第四方面軍『偉大なる道』第9巻③ー7 - Out of Far East

    張国燾と第四方面軍『偉大なる道』第9巻③ー7

    ある政治工作員の説明によれば、こんな状況だった。 「第四方面軍には5万人の兵隊がいた。四川、湖南、湖北出身の身体が大きい勇敢な連中だった。彼らはもともと貧農や農奴だったので、何でもする気になっていた。高い英雄主義を発揮して戦ったし、よく困苦にも耐えた。張国燾は、物質的にはよく彼らの面倒をみた――食べ物もよかったし衣服は十分ゆきわたっていた。だが、政治的、一般的な教育の点では、ほとんど何もしな...

  20. 中央紅軍、第四方面軍先鋒隊と合流『偉大なる道』第9巻③ー6 - Out of Far East

    中央紅軍、第四方面軍先鋒隊と合流『偉大なる道』第9巻③ー6

    張国燾と毛沢東(『抗日解放の中国』より借用)紅軍主力は1週間休憩した後、彭徳懐のあとを追った。朱将軍は出発を前に次の命令を出した。 環境は困難であるが、軍事、政治教育工作はたえず継続され、紅軍の六原則は厳守されなければならない。――(1)命令に従え、(2)敏速に行動せよ、(3)時間を厳守せよ、(4)武器を大事に扱え、(5)衛生管理に注意せよ、(6)互のあいだお...

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