LM-EA7のタグまとめ

LM-EA7」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログにはLM-EA7に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「LM-EA7」タグの記事(26)

  1. アヂー - アンチLEICA宣言

    アヂー

    アヂー。押っ広げモード。突っつかないでー。伸びてまつー。場所を変えてみたけど、お手上げ~。

  2. My Favorite Things - アンチLEICA宣言

    My Favorite Things

    お父さんのぼろ鞄、お気に入りで乗っている。ひんやりして気持ちが良いのだろう。お父さんはCarl Zeiss Planar 1.4/85がお気に入りだ!

  3. リベンジ - アンチLEICA宣言

    リベンジ

    “経過観察" で現像に出したフィルムが帰ってきた。恐らく20%位の色しか出ていない。封筒には「EPP劣化」と書いてある。EPP劣化で調べ直してみるとネガフィルムの期限切れ2年くらいで劣化が楽しめると書いてある。劣化フィルムの思わぬ仕上がりを楽しむ人達もいるようだが、22年はトンデモなかった。と言うわけで新しくフィルムを買った。30年保つと言うのは現像したリバーサルフィルムの事だった...

  4. 日田市 - アンチLEICA宣言

    日田市

    日田市には今宵の宿で記事にした通り前にも来た。前は車で通り抜けただけだったが、今回は少し時間があった。立ち寄ったパン屋の電球照明。船津歯科。レストラン秋子想の紅葉。同じく別の角度から。向いの草野薬局。豆田まちづくり歴史交流館 旧古賀委員。㈱寺子屋 布遊舎豆田店。なぎの風。麦やカフェ。腰壁の団子レンガが面白い。ここでも紅葉を満喫することが出来た。

  5. 北墳丘墓 - アンチLEICA宣言

    北墳丘墓

    手前が祀堂と立柱。奥の墳丘は人工的に造られた丘で、違う種類の土を何層にも積み重ね、しっかりと突き固められ、とても丈夫な構造になっている。中からは14基の甕棺が発見され、ガラス製の管玉や有柄把頭飾銅剣が一緒に収められているものもあった。吉野ヶ里集落の歴代の王が埋葬されている特別なお墓と考えられている。この墓は弥生時代の中頃、紀元前1世紀のものだが、その後は墓としては使われなくなった。その代わり...

  6. 吉野ヶ里遺跡 - アンチLEICA宣言

    吉野ヶ里遺跡

    1980年代に入り、企業誘致の為に佐賀県は吉野ヶ里丘陵南部に工場団地の開発を計画。1982年(昭和57年)から文化財発掘のための事前調査を開始。1986年(昭和61年)の本格調査によって、約59ヘクタールもの広範囲に遺跡が広がっていることが判明し、県は工場団地計画を縮小。考古学者の佐原真をはじめとして県や市民団体による啓発活動が高まりを見せ、1989年(平成元年)2月23日大々的な報道が始ま...

  7. 臼杵の秋 - アンチLEICA宣言

    臼杵の秋

    記事を1つ飛ばしていた。「紅葉を求めて九州へ」の次の記事である。先ず臼杵の石仏観光センターに立ち寄った。天気も上々!水の流れも清清しい。すぐ前の駐車場の柿の木だ。石仏群の前の畑に紅葉に染まり始めた樹があった。こちらは石仏の見学道の入り口直下の柿の木。今にも倒れそうに傾いているが、元気に実を付けていた。

  8. 與止日女神社の紅葉 - アンチLEICA宣言

    與止日女神社の紅葉

    赤い鉄橋を渡ると與止日女(よどひめ)神社が見えてきた。どうも裏門から入ったようだ。境内に入ると燃え立つような紅葉があった。空の青さ、杜の緑、日の光が紅葉を美しく浮き立たせる。河辺の紅葉は鮮やかな朱色だ。境内は広く左の紅葉と奥の銀杏の黄葉の対比が素晴らい。手水舎の近くには枝ぶりの良い楠も葉を茂らせていた。入り口の鳥居前から記念撮影。柱の下部が太くなっているのは「肥前鳥居」の特徴、佐賀市の文化財...

  9. 陶山神社 - アンチLEICA宣言

    陶山神社

    参道の途中にJRの踏切がある。踏切を渡ると迎えてくれるのが、この青銅製狛犬だ。手水舎で身を清め急な石段を少し登ると有田焼陶祖神「陶山神社」がある。石段を登り詰めると磁器製の大鳥居がある。境内の至る所に磁器の奉納品が目を引く。虹梁の先、木鼻と呼ばれる部分に繊細な蝶の彫刻が施されている。石段を振り返ると下に見えるのが社務所。見目麗しき女性の神主さんが忙しく応対されていた。

  10. 高良大社 - アンチLEICA宣言

    高良大社

    高良大社は7年前にもお参りして記事にしたことがある。タイトルは神籠石だった。改修工事が行われたばかりのようで、とても色鮮やかだ。拝殿は木の板を重ねて葺いた柿(こけら)葺。九州最大の神社建築は圧倒的威容を誇る。朱と緑青の対比が艶やかだ。社務所も今年7月に竣工したばかりだった。現在も神社会館の工事をしていた。快晴に恵まれて筑後平野の眺めも素晴らしかった。

  11. 紅葉を求めて九州へ - アンチLEICA宣言

    紅葉を求めて九州へ

    八幡浜港からフェリーに乗って約2時間半臼杵に上陸した。

  12. “処方" - アンチLEICA宣言

    “処方"

    レチナⅢC 1958-1960ドイツ・コダック社製でクセノン50mmが魅力だ。35mmと80mmの交換レンズも付属。レンズだけ取ろうと思ったが、あまりの美しさに手が出せない。フイルムは入れたが露出がEV表示なので、まだシャッターは切っていない。右側に蓋が開くため右手での保持は困難である。スーパーイコンタⅤ型 1950-1955ツァイス・イコン社製、レンズはカール・ツァイス社のテッサーが組み合...

  13. DRズミクロンを持って旅に出た(4) - アンチLEICA宣言

    DRズミクロンを持って旅に出た(4)

    黄昏時の徳島駅。

  14. DRズミクロンを持って旅に出た(3) - アンチLEICA宣言

    DRズミクロンを持って旅に出た(3)

    うずしお観潮船に乗った。船が帰り始めた頃、遠くから「日本丸」が現れて潮に挑もうとしていた。これだけ初代RX100で撮った。

  15. DRズミクロンを持って旅に出た(2) - アンチLEICA宣言

    DRズミクロンを持って旅に出た(2)

    鳴門市ドイツ館を訪ねた。第一次世界大戦の時、四国内に散らばっていたドイツ兵捕虜収容所をこの板東の地に集めた。当時の日本はハーグ条約を遵守し、捕虜に労役を課することはなかった。職業軍人には国から給料が送金され、徴用された者には元の職場から給料が支給された。所長をはじめとした管理スタッフはドイツ兵の人権を尊重し、できるかぎり自主的な生活を認めていた。ドイツ兵たちは元々優れていた技術を活かして様々...

  16. DRズミクロンを持って旅に出た - アンチLEICA宣言

    DRズミクロンを持って旅に出た

    朝のバス停。バスが来るまで辺りをスナップ。一度目の休憩タイム。二度目の休憩は道の駅。初めての徳島旅行だ。

  17. 伊豫豆比古命神社へ - アンチLEICA宣言

    伊豫豆比古命神社へ

    手水舎で手水。門神様にご挨拶してから境内へ。先ず児守社にお参り。伊豫豆比古命神社は此方。石段の下で椿形の絵馬を見る。お賽銭を入れて、お参りしてから神札授与所でウロウロ。これは福椿?だったか名前を忘れた。

  18. Portrait of Cat - アンチLEICA宣言

    Portrait of Cat

    キリッ!

  19. DR Summicron 暗所テスト - アンチLEICA宣言

    DR Summicron 暗所テスト

    絞り優先開放撮影。F2.0 ISO-6400 1/8秒。AWB。プログラム撮影。F2.5 ISO-12800 10秒露光。タングステン。感度の上げすぎでグローに透明感がなくなった。シャッタースピード優先。F2.5 ISO-1600 30秒露光。AWB。レンズは60年位前のものだが、真空管は76年前のものだ。絞り優先しか使えないように誤解していたが、何のモードでも使えた。ただし暗所でのピント合...

  20. DR Summicron 屋外テスト - アンチLEICA宣言

    DR Summicron 屋外テスト

    F2開放。F4に絞ってみた。逆光で撮ってみた。赤矢印でピントを合わせた。

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