chinaのタグまとめ

china」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログにはchinaに関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「china」タグの記事(124)

  1. R0017593 - Life with Leica

    R0017593

    RICOH GR DIGITAL IV

  2. 八百屋 - Life with Leica

    八百屋

    Nikon D700 AF NIKKOR 50mm F1.4Dここ数日続いた大雨の影響で、今後野菜の値段が高くなるんだろうなあ、と。

  3. 第3巻「災厄と禍害」を読んで - Out of Far East

    第3巻「災厄と禍害」を読んで

                    談笑する朱徳と周恩来(ネットより借用)蔡鍔(さいがく)がいなかったら、「中国の歴史の流れは、非常にちがったものになっていたであろう」というスメドレーの述懐がやっとわかってきた。30代の若さで、結核治療のためにむかった日本の九州大学医学部附属病院で亡くなっている。同じ中国人の仲間がいたこともあると思うが、当時の日本の医学がすすんでいたことも感じる。蔡鍔の北京脱出...

  4. sp. szetschueanicus *Top - Operation “Lucanus”

    sp. szetschueanicus *Top

    Lucanus szetschuanicus Hanus, 1932(旧ヒルデガルダ ミヤマクワガタ)   : China, Szetschuan⇒ (主に)Huang&Chen, 2010, pp. 73-75.syn. Lucanus hildagardae Zilioli, 2002 cf. M. Zilioli"A new stag- beetle of the genus ...

  5. sp. fanjingshanus *Top - Operation “Lucanus”

    sp. fanjingshanus *Top

    Lucanus fanjingshanus Huang & Chen, 2010ファンジンシャン ミヤマクワガタ貴州省の梵浄山(Fanjing-shan)よりもたらされたミヤマ。産地名が学名となったミヤマです。『中華鍬甲・壱』の123-125ページに記述、姿はPl.41(257ページ)に、2個体の♂が図示されました。タイプシリーズが、2008~09年データで、中国の研究者の中ではそこ...

  6. sp. liupengyui - Operation “Lucanus”

    sp. liupengyui

    2017年の『中華鍬甲・参』のトップ(1~4ページ)を飾ったニューフェイス、Lucanus liupengyui 刘鹏宇深山. 人名だと思うので~日本語でなんと呼べばよいか、正直、悩みます。そのままで、「リュウペンユウ ミヤマ」、でいいのかな。それに、記載間もないことからもほとんど知られておらず、かつ、地味です笑ヒメミヤマ系統が好きな私自身も、感動が薄い感じです ω-)-ω-)-ω-) ただ...

  7. "シセンミヤマ”について - Operation “Lucanus”

    "シセンミヤマ”について

    最近このブログを通して繋がりました同志の方々よりいろいろと質問を受けるので、まとめを記しておきたいと思います。最初に、「シセンミヤマ」と呼ばれていた、主に中国の四川省から得られていたヒメミヤマ系の種群についての、アップデートされた概要です。ご存知のように、これまでこの種群に対して、とりわけ日本の研究者のあいだでは、以下の学名があてられてきました。Lucanus szetschuanicus ...

  8. 第2巻「革命への道」を読んで - Out of Far East

    第2巻「革命への道」を読んで

    この巻は有名な辛亥革命に下級指揮官として参加する朱徳が描写されているので、より具体的になって理解がすすんだ。気になるキーワードを個人的覚書として記録。 読書人階級―イギリスでいえば紳士階級? Koreaでは在地両班?日英同盟日本への留学生日露戦争の勝利―当時の影響力は大きかったようだ。鉄道技術――今でいえばIT技術か?科挙の受験資格―清の時代に農民出身で受験したのは朱徳がはじめてでは?買官商...

  9. 帰国の決意 『偉大なる道』第4巻②ー15 - Out of Far East

    帰国の決意 『偉大なる道』第4巻②ー15

                 マルクス(Wikiより借用)ドイツでは、朱将軍と同志が、ドイツの労働者階級とつながりながら、2ヵ月の間に何回か大集会をひらいた。同じような示威はフランス、イギリス、オランダ、アメリカでもおこなわれた。イギリス政府は、フランス政府に、中国人指導者20名を追放させ、さらにドイツ政府にも同様のことを要求した。しかし、ドイツ政府は、中国人が国内で大集会に参加することだけを公...

  10. 上海の大虐殺 『偉大なる道』第4巻②ー14 - Out of Far East

    上海の大虐殺 『偉大なる道』第4巻②ー14

               ウイリアム・ボラー(Wikiより借用)「一切のイギリス製品を買わないという強力な運動が中国におこった。外国租界には戒厳令がしかれ、外国の陸戦隊が上海に上陸し、外国の実業家たちは武装して義勇隊をつくり、白系ロシア人もそれに加わった。アメリカ、イギリスをはじめとするヨーロッパの労働者は中国の革命闘争を支持したが、支配階級たちは『中国に無政府的混乱をおこす勢力』を弾圧しようと...

  11. 混乱する中国人集会 『偉大なる道』第4巻②ー13 - Out of Far East

    混乱する中国人集会 『偉大なる道』第4巻②ー13

    朱将軍のこのような闘争の物語をきく私も、じつはそのころベルリンにいながら、彼の存在について知ることもなかったのだが、ふと、両派が激突するある中国人集会の光景を思いうかべた。それは、およそ500人ほどのもので、中国人のほか、ドイツ人やインド人もまじり、朱将軍を指導者の一人とする国民党支部によって召集されたものだった。保守派の中国人学生の一団が、小さくまとまって一角を占拠していて、ひとりの中国人...

  12. 孫逸仙追悼 『偉大なる道』第4巻②ー12 - Out of Far East

    孫逸仙追悼 『偉大なる道』第4巻②ー12

                 晩年の孫逸仙(Wikiより借用)やがて孫逸仙の、北京でのいたましい死が、1925年3月12日におとずれ、憂愁の気分が世界のいたるところにいる中国革命派の人びとをつつんだ。ベルリンでは、朱と彼の同志たちは、追悼会をひらき、中国語とドイツ語の特集パンフレットを出して、中国の解放にささげられた孫逸仙の40年の悲劇的闘争について物語った。それには、孫逸仙の遺嘱(いしょく)と...

  13. 逮捕 『偉大なる道』第4巻②ー11 - Out of Far East

    逮捕 『偉大なる道』第4巻②ー11

    「ドイツ帝国主義者たちは、ワイマール共和国に浸透してゆきながら、ふたたび、青島の海軍基地や中国内でのドイツ権益を獲得する日を、夢みていた。彼らは警察内にも入りこんでいた。そして、ほかならないわれわれの同胞が、われわれと敵対するために、彼らを利用したのだ。私は、このドイツで、中国人がわれわれを敵としてドイツ帝国主義者とつながるのを見たとき、階級闘争における重要な第一課をまなんだ。中国には古くか...

  14. ベルリンでの活動 『偉大なる道』第4巻②ー10 - Out of Far East

    ベルリンでの活動 『偉大なる道』第4巻②ー10

    さて、1924年のはじめに、ゲッティンゲン大学を去った朱徳が、ベルリンにもどり、ドイツ在住のすべての中国人を、広東の国民党政府下に組織しようとしていたころには、後に中国の大地と河川を流血で染めた凄惨な階級闘争は、まだ、時間の胎内にまどろんでいた。朱将軍は、ゲッティンゲンにとどまることは、まったくの時間の無駄のように感じた。ドイツ語の力は、会話をはこべるだけになったが、複雑で学問的な講義を完全...

  15. ソ連との同盟 『偉大なる道』第4巻②ー9 - Out of Far East

    ソ連との同盟 『偉大なる道』第4巻②ー9

                  ミハエル・ボロディン(Wikiより借用)いままでの37年の革命的健闘のあいだ、孫逸仙は、イギリス、フランス、アメリカの援助を期待し、もとめてきた。個人的に同情し援助したものはあった。しかし、これらの国の銀行家、政府、および中国国内外の外字新聞は毒舌を浴びせかけ、「不平家」「夢想家」「広東製理論派」「官職にありつけないで腐った人」などとよばれた。 1923年、長い交...

  16. 黄埔軍官学校 『偉大なる道』第4巻②ー8 - Out of Far East

    黄埔軍官学校 『偉大なる道』第4巻②ー8

                 蒋介石(Wikiより借用)1924年のはじめに、彼はゲッティンゲンを去ってベルリンにもどり、広東の孫逸仙の提唱に基づく改組国民党の支部をつくることになった。すでに孫逸仙は、かつての華南の革命運動の根拠地を奪回して、国民党の第一回全国大会を召集していた。この党は、以前は地主、商人、資本家の階級から流れてきた中産階級の知識人からなる性格のあいまいな団体だったが、その当時...

  17. ゲッティンゲン大学政治学科 『偉大なる道』第4巻②ー7 - Out of Far East

    ゲッティンゲン大学政治学科 『偉大なる道』第4巻②ー7

    「私が、ベルリンを、もう十分知りつくしたので、他の都市や産業施設も見学しはじめたとき」と朱将軍はいった。「私は、日ごろの、資本主義は中国を救うことができるという信念を、うしないはじめた。もし、ドイツのように、熟練し、訓練を受けた、教育がある、組織化された労働者階級があって、高度に組織的に産業化された国が、あの時のドイツのように敗北国となることがあるとすれば、中国がそのあとを追うことは、ばかな...

  18. ベルリン軍事博物館での衝撃 『偉大なる道』第4巻②ー6 - Out of Far East

    ベルリン軍事博物館での衝撃 『偉大なる道』第4巻②ー6

    こうして、毎日毎晩、勉強から立ちあがっては探検に出かけ、いつまでもいつまでも、歩きつづけた。ベルリン軍事博物館では、過去の戦争の武器や、ドイツ軍が捕獲した軍旗などを見た。その軍旗のむれの前で、一度、急激な衝撃をうけて立ちすくんだことがあった。目の前に、義和団の乱のときにドイツ軍がとった中国の旗があった。どのくらいの時間それを見つめていたかはわからなかったが、かつて上海や南京や北京で経験したよ...

  19. 読書と探索 『偉大なる道』第4巻②ー5 - Out of Far East

    読書と探索 『偉大なる道』第4巻②ー5

                鄧演達(Wikiより借用)彼のやり方は、かつて中国古典を勉強するときにとった丹念で計画的なやり方と、おどろくほど似ていた。まずベルリンの地図を買って、記されている街路と施設の名前を中国語に訳した。道をたずねるにはドイツ語の力が足りなかったので、街路を歩いて行っては、しらみつぶしに、博物館、学校、画廊をおとずれ、ビヤホールや料理店に入り、許可されるかぎりの工場にも入る。...

  20. 勉学の開始 『偉大なる道』第4巻②ー4 - Out of Far East

    勉学の開始 『偉大なる道』第4巻②ー4

    中国共産党のベルリンの仲間は、ほとんど休まず勉学に専念していた。党員たちは、正規の大学での学習のほかに、週に3回夜に討論会をひらいて、中国革命の諸問題をマルクス・レーニン主義に照らして研究し討議した。そうした会合では、朱徳は敬虔な教会員のようにすわっていた。会がおわると、ひとりの若い同志に助けられて研究した。ふたりで、中国語に翻訳されていたマルクス主義の文献――『共産党宣言』や『共産主義のA...

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